稲妻トリップ 2 アオムラ


 僕は消えた社員の身代わりだ。


 このデパートは隣町に建っているが、小さな頃から、ほとんど足を運ぶことはなかった。


 その方面はすぐ先に海しかなかったから、大して用がなかった、としか言えない。


 地元には大型ショッピングモールもあったし、それですべて、事足りていたせいだろう。


 僕がそいつの後任に選ばれたのは、なぜだろうか、今でもはっきりとは分かっていない。


 ただ、誰でもよかった、ということは確かなことだ。


 長年勤めている警備会社で、そいつのことを聞かされた。


 窃盗犯にナイフで刺された。


 言葉にすればサラッとしている。


 ……人が一人消えることは、簡単なことか……。


 警備員として、また一人、同じような男を、会社はデパートへと補充する。


「アオムラ! 聞こえただろう! もうお前でいい。お前に行けと言ったんだ」


 いかつい上司のでかい声を、僕は腹の内で押し潰した。


「はい。分かりました」


 青村とは、誰のことだ?


 頭の中に、声がする。


 あっけなく死へと向かう、そんな哀れな前任者。そしてその後釜に、あてがわれた青村とは。


 ……なんだ、それはつまり、僕であり、それが僕の人生さ。




 深夜に愛車を転がすのは、趣味の一つと言えるだろうか。


 こんな時間、あてもなく、よくドライブをする。


 煌々と放たれるビルディングの明かりや、蛍光色の電光板が、青の車体に反射する。


 助手席に素敵な人が乗っていたら、とも思うけど。


 この口数の少なさは生まれつきで、彼女がいた頃は、言葉が足りないことで、よくケンカになったりもした。


 ケンカ、といっても、一方的に僕は言い負かされっぱなしだった。


 決して女性には手を上げない、というポリシーがあった僕には、手も口も出せず、対処の仕方が分からなかった。


 結果、別れる、というより、捨てられる、といったほうが正しい。


 僕に飽き、僕も飽きた。


 そうなってしまえば、もはや悲しみなんていう感情はない。


 火の消えた煙草を、ただゴミ箱に入れるだけ。




 少し都会から離れたくて、南へと向かった。


 そびえ立つ、コンクリの人工物が減り、深い群青の空が姿を見せた。


 車内に充満する煙草の香りを、窓を下げて風に流した。


 喧騒から離れた空へ、煙っぽい排気ガスのような空気を、自分の口が出しているのか。


 キレイなものを汚す、後ろめたい気持ちになって、手にしていた箱を助手席に投げた。


 窓を上げて、誰もいない横断歩道で信号を待つ。


 前方に大きな橋が見えていた。均等に組まれたそれは、街灯の明かりを身にまとって、彼方へと延びている。


 青いランプが点灯し、僕はアクセルに足をかける。


 これより先は、明日からの勤務先。デパートが一店と、その先は海。


 小さな島のようになった陸地へ続く、その橋の中ごろに、一人の人影を見た。


 緩い速度で眺めると、その人が橋のへりに、覆いかぶさるような体勢でいるのに気がついた。


 車線の向こう側だ。


 僕は何を思ったか、静かに車をそこに停め、駆け足で中央分離帯を飛び越えた。


「バカなマネはよせ」


 僕はその細い手首を掴んで、自殺を阻止した。


 人は簡単に死ぬことができる。だからといって、自ら進んで行くことはないだろう……。


 再び乗り込んだ車の中で、僕は僕のことを考えていた。


 おい、お前に人の死を止める権利なんてあったのか?


 わんさかといる、いつかは駆除され、ゴミ箱行きの運命が待つ、虫けらのような存在でしかないお前。


 教えてくれよ。お前はいったい、誰なんだ?


「アオムラ! 聞こえただろう!」


 頭のどこかで、きつい上司の声がした。


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