稲妻トリップ 3 りゅうの


 夜間の工事現場で働けば、金はすぐに手に入る。


 都会の裏通りで俺は、乾いた唇に染みた、汗の辛さを味わっていた。


 少人数で編成されたチームは、どこの誰だか知らない、訳あり連中の集まりだった。


 ただひたすらに穴を掘る。


 新しい建造物のために。いいや、みんな自分の金のために。それだけを思って、高く腕を振り上げるんだ。


 頻繁に、名前を呼ばれる。おそらく誰も本名じゃないだろうが、現場監督が馬のケツを叩くように、名前を叫んで指図する。


 ここ掘れワンワン。そう茶化す仲間たちの、負け犬の遠吠え。


 耳を塞ぎたくなるドリルの爆音。


 重機を使えば早いとこだが、密集して入り組んだ街は、大型車を通せんぼしている。


 俺は再三、呼ばれた声に、反発心から熱を上げていた。


 うるせえ、今やってやるよ! そこで黙って待ってろってんだ! それに、俺は「たつの」じゃねえ!


 そして誰よりも深い穴を、手持ちのシャベルで掘ってやった。


 目が覚めた時、硬い路地の地面には、太陽の光が降り注いでいた。


 気絶するように寝ちまったらしい。


 薄情にも、監督や同僚たちは、俺を見捨てて帰ったんだろう。


 周辺に置かれた、たくさんのロードコーンが、死体の周りに立てられる番号札のように、俺には見えた。


 ゆっくりと起き上がる。今蘇る、この泥だらけの死体が俺だ。


 「竜野」と書いて「りゅうの」と読むんだ、偽名なんか要らないぜ。




 来る前に、路上に停めておいた中古のバイク。なぜか倒れていた。


 ハンドルを掴んで起こし、またがり、土ぼこりの舞う髪の毛を、緑色のヘルメットに入れ込んだ。


 ハイウェイを速度を上げて走り抜け、ねぐらにしているアパートへ戻る。


 アパート一階の駐車場に、俺はバイクを停め、ヘルメットから頭を引き出した。


 頭を勢いよく左右に振れば、伸び切った髪から塵が飛んで、風と消えた。


 軽やかなステップで、錆びた鉄の階段を上り、三階へ。


 ドアには鍵がかかっていた。それで俺は、同居人がすでに出勤している時刻だと知った。


 レースのクロスがかかったテーブルに、作業着のポケットから、細かい石ころと一緒に、黒い財布を取り出してのせた。


 クロコダイルの財布は、よく太っている。


 眠っている合間に、誰にも盗まれなかったのは奇跡だった。


 今晩、出社したついでに、昨夜の報酬を、事務所にせしめに行かなきゃならない。


 監督がシラを切る態度を見せるなら、この鍛えた腕の出番がくることになるだろう。


 風呂場に入るとシャワーを浴びた。


 排水口に、自分の髪か分からない、長めの髪が数本、絡まっていた。


 俺たちは色も長さも似たようなものだ。


 俺たちはガキの頃から、いつも一緒に生きている。友達だし、親友であり、同志なんだ。


 お互いに、何でも共有してきた。金も、住居も、時間だって……。


 不規則な自分の職のせいで、時間のほうは、最近、ちょっとずつズレが生じてきたような気がする。


 肥えた財布の代わりに、大切な何かを失っていることには、俺も少なからず気がついていた。


 あいつだって、このところ毎日、帰宅するのは翌日になってからだ。


 夜もシフトを入れたから、って言ってたっけ……。


 金の心配はするな、と言ってやりたかった。


 部屋を出て、玄関を合鍵で閉める。


 ドアに張り付いた、ペラペラの紙の字を読む。


「……303・秋吉……」


 俺の名じゃない。


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