稲妻トリップ
リエミ
稲妻トリップ 1 さっき……
高架下の水面(みなも)に、街灯の明かりが落ちて揺れていた。
淡いオレンジ色の光と、薄暗い夜の青さが入り混じる。
俯いた顔に冷たい風が吹きつける。
ほんのりと、潮の香りを運んでくる。
車のライトが背中で輝き、速いスピードで過ぎ去った。
毎日見ている。
足を止めて、橋の上から。
そこは、道路を仕切る白線の中。
深夜になると、交通も少ない。
誰にも入ってきてほしくないの。
ただ一人で、私は海を眺めるのが好き。
中央分離帯をまたいで、男がやってきたのは、もう日付が変わってからだった。
手首に巻いていた時計のアラームが、セッティングした時間通りに鳴り、それを消そうと伸ばした私の、もう片方の手首を、彼は、強い力で掴んでいた。
驚いた私の目を、まっすぐな目で見つめ返す。
アラームが規則正しく鳴るのに反して、心臓の音が速くなってくるのが分かった。
「バカなマネはよせ」
男の声は静かな通りに、やけに大きく響いて聞こえた。
「はやまるんじゃない、いいな?」
ただ「うん」としか頷けなかった。
「よし」と言って、男が離れる。車線の向こうに停めていた青い車に乗り込んで、窓越しにこちらを見ながら行ってしまった。
私は、腕時計のアラームを、指で止めた。
蛇口をひねってシャワーを出すと、右足のかかとに痛みが走った。
長時間立ちっぱなしの仕事で、靴擦れしていたようだ。
お湯の流れに乗って、糸のような形で排水口に向かう、赤い液体。
さっき……帰宅途中の橋の上で、靴を脱いでいたことを思い出す。
夜風に冷えて、とれた足のむくみ。地面に揃えたハイヒール。それを見て、あの人は勘違いをしたのだろう。
私は、身投げなんてしない。
どんなに今が辛くても、海を見ながら誓うのだ。
明日もちゃんと生きていく。
止まりかけた赤色を見て、私は思った。
生きている、人間の中を流れるもの。
それは時間のように、絶え間なく動く。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます