11
『みんな、集まってくれてありがとう』
高原さんの挨拶で、丹野さんの追悼セレモニーが始まった。
事務所の1Fにある大ホールは、満場。
事務所の人間から、音楽関係者、またはその親族…
今日は、みんなが丹野さんに会いにやって来た。
『丹野廉が逝ってしまって18年。今年、彼から思いもよらないプレゼントが届きました。紹介します。アメリカから来てくれました。丹野廉の娘、瑠歌です』
高原さんの紹介で、ステージの裾から瑠歌が出てきた。
さすが、モデルをしてただけあって、堂々とした歩きっぷりだ。
『はじめまして。丹野…瑠歌です』
瑠歌がお辞儀をすると、会場は拍手に包まれた。
その拍手が止んだところで…
『あたしは、ずっと父を恨んでいました』
瑠歌の第一声に会場は一瞬ざめいて。
そして、また静かになった。
少しの沈黙を落とした後、瑠歌はゆっくりと喋り出す。
『母は父が大好きで、父なしでは生きていかれなかったのです。母までも連れて行ってしまった父が…あたしは、憎かった』
俺は客席の中央に、センと並んで座っている。
ライトのせいか、瑠歌の肌がいつもに増して白く感じられた。
『16歳になって渡された母の日記帳には、父への想いばかりが綴られていました。その時、父の遺品も渡されたのですが…ずっと、見る勇気がなかったのです』
瑠歌の声は…女性にしては、ハスキー。
聞こえ方によっては、丹野さんの声とも重なるのかもしれない。
目を閉じて聞いている人の姿が見えた。
『だけど、日本に来て開けることができました。そして、父が素敵な仲間をもっていたことを知りました』
『仲間』という言葉を口にして、瑠歌の顔つきが柔らかくなった気がした。
『あたしは、ずっと父を誤解していました。だけどその全てが、日本に…ここに来た事で解消されました』
センが、俺の顔を見て。
「可愛い彼女だな。」
小さく、笑った。
『もっと早く…ここに来れば良かった。そうすれば、父の大切な…』
そこまで言うと、瑠歌の言葉が止まって。
少しだけうつむいた目から、涙がこぼれた。
「遅くなんてないぞ?こうしてここに来てくれただけで、みんな瑠歌に感謝してる。」
最前列に座っている高原さんが、そう口添えすると。
会場から、割れんばかりの拍手。
丹野さんの遺品の中の仲間達が、今は疎遠になっている事を瑠歌に打ち明けた。
最初はその事実にショックを受けていたが…
浅井さんが丹野さんを偉大なボーカリストとして語り継ぎたいと思っていたタイミングと重なった事で、瑠歌はこのセレモニー実現に向けて本当に頑張ってくれた。
瑠歌は涙を拭いて深くお辞儀をすると、軽く深呼吸をして。
『…今回、父の遺品の中から未発表の曲が出てきました』
本題に、入った。
『あたしは、それを父の親友である浅井晋さんにお願いして、FACEの曲として完成させてもらいました』
大きな歓声があがった。
そして、瑠歌が続ける。
『どうか、父の素敵な仲間に拍手をお願いします。浅井 晋さん』
瑠歌がそう言って浅井さんを呼ぶと、浅井さんは驚いたような顔で立ち上がってステージに向かった。
『臼井和人さん』
臼井さんが、「俺?」って自分を指さしながら、ステージに向かう。
『八木 剛さん』
現在は建設会社社長の八木さんが、照れ笑いしながら立ち上がった。
『宇野誠司さん』
誠司さんが、俺の斜め後ろから立ち上がって。
通りすがりに俺の肩を叩いて行った。
『瀬崎勇二さん』
全日本のバスケットのコーチをしている瀬崎さんは、この日のために遠征中のカナダから帰国してくれた。
『そして、今は朝霧さんですが…あえて、旧姓で呼ばせていただきます。武城瑠音さん』
母さんが俺の前の席で、周りを見渡して。
「あたしも…?」
って、俺に問いかけた。
「行ってこいよ。」
俺が背中を押すと、母さんは恥ずかしそうに、ステージに向かった。
『最後に…早乙女 涼さん』
瑠歌が最後の名前を呼びかけた。
でも、センのおふくろさんは、なかなかステージには現れない。
「…何してんだ。」
センが、怪訝そうに振り向く。
確か、後ろの方の席に、旦那さんと次男坊とで来てるはずだ。
『…お願いします。前に来てください』
瑠歌が、一点を見つめて言うと。
その場所から着物を来た女の人が、ゆっくりと歩き始めた。
ステージの上では。
「うわー…懐かしいな…」
「奥様だな。」
数人のそんな声が聞こえてきた。
…今日のこのセレモニーには、どうしてもセンのおふくろさんに来て欲しかった。
自分が浅井さんに付いて行かなかった事で、全てが狂った。
その呪縛から逃れずにいる女性。
誰もそんな事は思っていない。
それに、望んでもいない。
俺の要望に、センは家族で出席してくれた。
「…涼ちゃん…」
母さんが、遠慮がちに隣に並んだ早乙女涼さんに目を潤ませる。
ステージに全員が並んだところで。
『それでは、ここで曲を聴いていただくのですが…』
瑠歌が、少しだけ笑いながら。
『実は、浅井さんたちにも秘密にしてたことがあります』
サプライズを告白した。
「秘密?」
浅井さんがキョトンとした顔で、瑠歌を見る。
『父は、曲に併せてプロモーションビデオも作っていました』
一斉に、会場がどよめく。
「丹野廉を見れるのか?」
そんな声が方々から聞こえて。
思わず
「丹野さんて、偉大な人だったんだな。」
センと、顔を見合わせた。
『それでは、みなさんご覧下さい。I WISH』
瑠歌がそう言うと、会場は暗くなって。
ステージにボンヤリと…I WISHの文字が浮かんだ。
前奏が始まったところで…
「はは…親父だ。」
センが笑う。
浅井さんが、学生服姿でギターを弾いている。
そして…
「母さん、若いな。」
母さんが、これまた制服姿ではしゃいでる。
丹野さんは…こうして思い出を撮り溜めていたのか。
時折、この曲をギターで弾き語りしている丹野さんが映る。
それは全く瑠歌にそっくりで。
みんなが驚くのも無理はないな…なんて思ってしまった。
「…初めてだな…あんな、おふくろの笑顔」
センが、腕組をして小さく言った。
スクリーンの中では、センのおふくろさんがオルガンを弾いている。
笑う、泣く、拗ねる、はしゃぐ…
いろんな表情が、スクリーンいっぱいに映し出されて。
見ている俺たちでさえ、胸がいっぱいになりそうな程の思い出だ。
一人一人の名前がスクリーンに浮かび上がる。
丹野さんは、どんな想いでこの映像を作ったんだろう。
―晋・臼井・八木・誠司・勇二・瑠音・涼―
浅井さんに見せてもらった文化祭の写真が、映し出された。
ステージの上は、みんな驚いた顔のまま。
センのおふくろさんが、両手で口を覆って泣いている。
でも、目はスクリーンを見つめたまま。
瑠歌。
おまえの親父さんは、すごいよ。
『I WISH』
いつでも笑っていたいって
そりゃあみんな思うさ
だけどそうもいかないのが人生ってやつでさ
悲しかったり 苦しかったり
行き詰まったり 立ち止まったり
もがいてばかりの時 俺は思い出すんだ
あの笑ってばっかだった自分と
その時間を共にした仲間たちを
思い出にしがみついてるって?
そうかもしれないな
でもそんな人生があったっていいだろ
これから輝くために
過去に励まされる事があっても
なあ笑ってくれよ あの頃みたいに
少しずれたオルガン みんなで首傾げてさ
明日がどうかなんて誰にも分からないから
せめて今日は最高の笑顔で
みんなが幸せでいられるように
俺は祈るよ 俺は祈るよ
またそうやって笑える日を
俺は祈るよ
* * *
「はじめまして。」
セレモニーのあと、隣のホールで関係者だけのパーティー。
俺が軽くお辞儀すると、センのおふくろさんは少しだけためらった後。
「…いつも、千寿がお世話になります。」
優しい笑顔になった。
「目、真っ赤だぜ?よくもあれだけ泣けたよな。」
センのおふくろさんは、ステージ上で号泣。
それにつられて、うちの母さんも号泣。
それどころか。
「泣くなんて、廉が死んで以来やな…」
浅井さんも、臼井さんも…みんな号泣。
ついでに、会場中も。
それは…スクリーンの中の『仲間』が、とても…本当に、素敵だったからだ。
「よく言うよ。センだって号泣してたクセに。」
まだ赤いセンの鼻をギュッと掴むと。
「…光史だって。」
センは苦笑いしながら、俺に同じ事をやり返した。
「はじめて見たよ。」
隣にいたセンの親父さんが、静かな笑顔で言う。
「?」
「君の、ああいう笑顔。」
「……」
親父さんの言葉に、センのおふくろさんは少しだけ首を傾げて。
「いつも、あんな高いテンションだと、あなた大変ですもの。」
何か…吹っ切れたような笑顔になった。
「千寿。」
「ん?」
「紹介してくれないか?浅井さんを。」
「父さん…」
「あなた…」
「正直言って、ずっと気になってたんだ。でも大人気ないかなと思って切り出せなかった。」
センは親父さんをじっと見つめて。
「じゃ、行こうか。」
浅井さんを探し始めた。
曲の中に『少しずれたオルガン』という歌詞があった。
そして、画面には、センのおふくろさん。
センは。
「うっわー…信じらんねー。おふくろがオルガン弾いてる…」
なんて言ってたけど。
さっき、母さんから聞いた。
「涼ちゃんのオルガンはね、なんだか楽しくって、みんなが笑顔になれてたの。」
…いい仲間だな。
「光史。」
後ろから誠司さんに抱きつかれる。
「…女の方がいいんすけど。」
誠司さんは、すでに酔っぱらい状態。
「瑠歌を幸せにしてくれよ?大事な娘なんだから。」
ステージの上で。
『廉の娘ってことは、俺らの娘でもある』
浅井さんが、そう言った。
「わかってますよ。」
ずっと人だかりに囲まれてた瑠歌が、やっと解放されて。
「みんな、いい人だね。」
満面の笑みで、やってきた。
「そうだな。」
ふと、ソファーに目をやると、浅井さんとセンのおふくろさん。
俺が二人を見てると。
「…父さんと親父、どうなる事かって俺と母さんはヒヤヒヤしてたんだけど。和やかに握手が交わされて、『懐かしい話でもして来なさい』ってさ…」
センが俺の隣に立って言った。
「…親父さん、器大きいな。」
「尊敬してる。昔からずっと。」
「……」
その言葉を少しだけ羨ましく感じながら、俺はソファーに座る二人をもう一度振り返る。
その笑顔は…
さっきの映像の中のそれと、同じに思えた。
* * *
「オルガン?」
相変わらずのように、俺が知花の髪の毛をセットしてると。
センが、苦笑いしながら言った。
「ああ。突然父さんが買ってさ。昔、少しだけピアノ習ったらしくて。」
「へえ。じゃ、おふくろさんに教えてるわけだ。」
「そうもいかないんだな、これが。習ったっつっても大昔で。所詮、二人ともど素人さ。
「でも、楽しそう。」
知花が、大きくなったお腹を触りながら言った。
「全くな。」
平穏な日々。
俺は、瑠歌をつれて実家で暮らしている。
そして、時々丹野さんの実家に顔を出している。
「それにしても、結局全ては誠司さんの長年の思いが叶ったわけだ。」
「…そういうことだな。」
誠司さんは、ずっとみんなの仲を修復したいと考えていたそうだ。
それで、センと浅井さんの文通。
でも、それは誰にも語られることなく、静かな親子の幸せとなってしまったわけだけど。
それから時が流れて…思いがけない瑠歌の出現。
瑠歌がまず誠司さんを訪ねたのが、運のつきだった。
ダリアという名前を、丹野さんは瑠歌の母親にも頻繁に話していたようだ。
母親の日記帳にも記してあったその店を、瑠歌が訪ねた時。
そこに俺と陸がいた。
誠司さんに。
「誰でもよかったんですか?」
と問いかけたら。
「ここだけの話だけどさ、廉がずっとるーのこと好きだったから、どこかで繋がりを作ってやりたいって思ったんだ。」
本音を、教えてくれた。
でも、それでこうやってみんなが幸せになれた。
あれから、センのおふくろさんは、うちによく遊びに来る。
懐かしそうに。
「先輩」
なんて言いながら。
10th 完
いつか出逢ったあなた 10th ヒカリ @gogohikari
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