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「母さん、紹介したい人がいるんだ。」


 俺がそう電話をしたら、母さんは。


『彼女?』


 意外そうな声で…だけど、とても嬉しそうに。


『じゃ、ごちそうしなくちゃね♡』


 って、張りきった声で言った。




「廉の娘な~…マジびっくりやな。」


「…丹野さんが母さんを好きだった事、知ってんの?」


 親父に問いかけると。


「ああ。強敵やった…」


 親父は眉間にしわを寄せた。


 親父と母さん、そして丹野さんの三角関係を、浅井さんに聞いてしまった俺。

 実際の所、浅井さんは随分話を盛っていた。と思ったが…


「あの時、廉のやつ…」


 割と何にでも大らかな親父が、こんな顔して話すのを見ると…本当だったのか。と、少し意外にも思った。


 アメリカと日本。

 ギタリストと女子高生。

 遠距離恋愛の上に、親父は音楽の事となると何も目に入らなくなる。


 …母さん、よく丹野さんになびかなかったな。



「…俺が瑠歌とこうなった事、複雑?」


 別に気にしなくていい事だろうが…一応そう聞いてみると。


「いや?俺は大賛成やけど?」


 あっさり認められてしまった。



 ―それにしても。


 今回の事は、俺自身が一番驚いている。

 男しか好きになれないと思っていた俺が…知花に恋心を抱いて。

 その恋が終わってすぐだと言うのに…



 トラブルに巻き込まれた。

 そう。

 トラブルだ。

 なのに、それがまさか…結婚に発展してしまうなんて。


 瑠歌の母親の日記を読んで、大事にしてやりと思ったのは本当だ。

 俺の人生、何ならボランティア精神で終わるのもいいかもしれない、とも。

 瑠歌に対して愛情がないわけじゃないが、パートナーとして選ぶほどのそれでもない気がした。



 だが…隣で眠る瑠歌の体温を、心地良く思ってるのも事実。

 実際あれから…


 仕事から帰ると、『寂しかった』と甘えて来る瑠歌。

 抱きしめると、幸せそうな顔をする瑠歌。

 俺や、俺の家族の事を知ろうと必死な瑠歌。


 …こんなに純粋で可愛い女を手に入れたと言うのに、どこか認めたくない自分がいる。

 誠司さんに対する『まんまと嵌められた感』が、そう思わせるのか…?




「ねえ、光史。お母さん…あたしを見て気を悪くされないかな…」


 出かけに、玄関で瑠歌が言った。


「しないさ。ま、驚くとは思うけど。」


「でも、あたしのこと見てみんな驚いてたでしょ?やっぱり前もって言った方がよくない?」


 親父は、瑠歌のことを母さんに話してない。

 話そうって言ったら。


「自分で紹介すりゃええやん。」


 って、ニヤニヤされてしまった。



「いいから、気にすんな。」


「…でも…」


 俺は、瑠歌を抱きしめる。


「大丈夫。」


「……」


 瑠歌は、しばらく黙ってたけど。


「…言い忘れてた。」


 ふいに、俺の腕の中で小さく笑った。


「何。」


「…大好きよ…光史。」


「……」


 そう言った瑠歌の目を見て。

 あ。と思った。


 俺…

 ちゃんと、こいつの事好きだな。って。


 そう思った自分がおかしくて小さく笑うと。


「どうして笑うの~?」


 瑠歌が唇を尖らせた。

 俺は小さく笑い続けながら、瑠歌の前髪をかきあげて…尖った唇にキスをする。


「……不意打ち過ぎ…」


 そう言いながら…照れてうつむく瑠歌に。

 俺は…感謝した。




 * * *



「母さん、俺。」


 俺がインターホンでそう言うと、家の中からは騒がしい足音。

 鈴亜りあわたるも帰ってるな。


 鈴亜は桜花の高等部二年。

 渉は桜花の中等部三年。

 今まで二人がいない時間に帰ってたから、久しぶりの再会。


「おかえりなさい!!お兄ちゃん!!」


 鈴亜は俺に跳び付いたかと思うと。


「もっと帰って来てよ~!!」


 ポカポカと胸を叩いた。


「小遣い目当てだろ?」


「あっ、ひどい。でもバレたか。」


「可愛い妹だ…」


「えへ♡あ…えっ、彼女?」


 鈴亜は俺の後ろにいる瑠歌を見て、小さく言った。


「ああ。」


「こんにちは。妹の鈴亜です。」


「こんにちは。ルカです。」


「丹野瑠歌の方がいいんじゃないのか?」


「だって…」


 ここ数日で…俺は、瑠歌を連れて丹野さんの実家に行った。

 そこでは、歳老いた丹野さんのご両親が瑠歌を息子に生き写しだと泣きながら迎えてくれた。


 そして、瑠歌は丹野の姓を名乗ることを許された。

 丹野さんがいない今、戸籍に入れるのは難しいが…

 とは言っても。

 すぐに、朝霧になるかもしれないからいいよな。と言うと、ルカは顔を赤らめた。



「お母さーん、お兄ちゃん帰ったよー。」


 鈴亜に続いて家の中に入る。


「き…緊張してきちゃった…」


 瑠歌が、俺の腕を掴んだ。


「大丈夫。」


 俺は瑠歌の肩を抱き寄せると、そのままリビングに入った。


「よ、おかえり。」


 渉が手を挙げて言って。


「そっくりね。」


 瑠歌が、俺に小さく言う。


「あー、おかえりー。」


 二階から階段を下りて来る母さんは、瑠歌を見て…その足を止めた。


「…はじめまして。」


 瑠歌が深々と頭を下げる。


「……」


 母さんは無言で階段をおりて瑠歌に近寄ると。


「…あなた…」


 力のない声で、瑠歌を見つめた。


「丹野…瑠歌です。」


「…丹野?」


「…丹野廉の、娘です。」


「…廉の…」


 瑠歌が、次の言葉を言おうとした瞬間だった。


「…っ…」


 母さんは、瑠歌をしっかり抱きしめて。


「よく…よく、会いに来てくれたわ…」


 ポロポロと涙を流しながら言った。

 そして…


「ああ、ごめんなさい。急にこんな…」


 涙を拭いながら、瑠歌の頬に手を当てて。


「よく似てるわ。廉に、そっくり…」


 泣き笑いしながら、瑠歌を見つめる。

 瑠歌は戸惑いながらも、それでも瞳いっぱいに涙を溜めて。


「そんなふうに言ってくださって、ありがとうございます…」


 …ずっと見ていたいと思うような、笑顔を見せた。






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