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「…何だ、こりゃ。」


 家に帰ると、玄関前からすでにガッカリする匂いが漂って来た。

 大きく溜息を吐きながらドアを開けると…案の定、うっすらと煙っている俺の城。



「おかえり。ちょっと頑張ってみたんだけどさ。」


 ルカはそう言って、俺の目の前に黒い塊を差し出した。


「…これは?」


「肉じゃがってやつ?」


「できるものを作れよ。」


「本見たら、簡単そうだったんだよ。」


「簡単そうで、何でこうなるんだ?」


「鍋が悪い。」


「……」


 流しには、見事に焦げ付いた鍋。

 ああ…洗うのが面倒そうだ…



「とにかく、これじゃ食えねえだろ?」


「食えよ。」


「え?う…やめっ…うっ…ぐっ…げほっ…」


 いきなり、ルカが俺の口に黒い塊を突っ込んだ。

 それはただの焦げた味とは違って…何を入れたらこんな味になったんだ!!って言うほどの不味さ…!!


「何吐いてんだよ。ちゃんと食えよ。あたしが一生懸命作ったんだから。」


「…よし、じゃ、おまえも食うんだな?」


「あ…あたしは、作ってる時にいっぱい食べたから…いらない。」


「おまえも、食え。」


 俺は、ルカの口に黒い塊を無理やり押し込む。


「やっやめっ!!ペッ!!うえぇぇぇぇ…」


「まずいだろ?」


「あたしに作らせるからだろ!?」


「じゃ、おまえ他に何してくれるんだ。俺は一日中仕事して帰ってくるんだぜ?」


「仕事ったって、趣味の延長みたいなもんじゃないか。」


「延長って…………俺、おまえに仕事のこと言ったか?」


「…聞いたよ。バンドしてんだろ?」


「……」


 …俺は…酔っ払ってどれだけ自己紹介をしたんだ。

 心の中で、『もう酒は飲まない』『酒は少し控える』『飲む量を減らす』『…こいつの前では飲まない』と、軽い決心をしつつ…


「…俺が作る。」


 冷蔵庫を開けた…が。


「…中身、どうした?」


 冷蔵庫の中は、空っぽ。


「使った。」


「何に。」


「料理に決ってんじゃん。」


「……」


 …最悪だ。


「…料理してもらえなかった食材が哀れだ…」


 嫌味をこめてそう言うと、ルカはあからさまにムッとして。


「いーじゃん。料理なんてできなくたってさー。今時外に出たら何でも食べられるっしょ。」


 腕組みをして偉そうに言い放った。


 この女…ああ言えばこう言う。


 普段、周りにいるのがいい女ばかりのせいで、良く言えば新鮮にも思えるが…

 元々俺の嫌いなタイプ。

 見た目以外は。


 は抱かなかった。

 だから置いてやる事にしたが…もうこうなると限界も近い。



 俺はしばらく考えたあと。


「…じゃ、おまえは何もしなくていい。」


 あきらめた口調で言う。


「本当?ラッキー。」


「その代わり。」


「…え?」


 置いてやる。と言ったのは俺だから仕方ない。

 だが、さすがにこう次々とペースを乱されると…こっちとしては、自分のペースに戻すしかない。


 ルカを抱き上げてベッドに降ろす。


「え…えっ…ええええっ!?」


「俺がしたい時に、いつでも抱かせろ。」


 覆い被さって首筋に口唇を落とすと、ルカは予想以上に抵抗し始めた。


「ち…ちょっと!!ごっご飯も食べてないのに!!」


「腹は減ってても、性欲はある。」


「あたしがご飯作れなかったからって、嫌がらせなのー!?」


 耳元で大きな声を出されて、若干引く。

 が、耳たぶを軽く噛むと、ルカは身体をビクンとさせて少しだけおとなしくなった。


「俺ら、もうヤってんだろ?だったら…」


「まっ…待って!!」


「黙れ。」


「ちがっ…違うの!!ヤってない~!!!!」


「……」


 俺の動きが止まる。


「…ヤってない?」


 身体を起こして、ルカを見下ろしながら言うと。


「……」


 ルカは硬直したままコクコクと頷いた。


「…じゃ、なんだったんだ?裸で寝てたのは。」


「そ…その方が、らしいかなって…」


「らしい?」


「夫婦一日目に。」


「……」


 覚えはないが…婚姻届けを書いた。

 目が覚めたらお互い裸だった。

 いい思いをしたはずなのに、覚えてなかった。

 これからしばらく、こんないい身体がそばにいたら…リベンジするのは当然だろ。


 って思ったものの…

 これは…


「…怒った?」


 ルカに背中を向けてベッドに座ってると、意外にも遠慮がちな声が聞こえた。


「…俺とおまえは夫婦だ。って、おまえ言ったよな。」


「…それは…うん…サインしてくれたし…」


「でも、俺のために料理をする気は、ない。と。」


「…光史のためっていうか、自分のためでも、料理はしたくない。」


「で、セックスもなし?」


「……」


「おまえをここにおいて、俺のメリットは?」


「…目の保養にはなる。」


「それだけか。」


「……」


 何か考えこみ始めたルカをベッドに残したまま、俺は立ち上がる。


 よく考えたら…この女は未成年。

 妹の鈴亜りあと一歳違い。


 …そう思うと、一気に萎えた。

 うん。


 ないな。



「どこ行くの?」


 玄関に向かうと、不安そうな顔のルカがついて来て。


「…飯の材料買いに。」


 それが意外だったせいか、つい…その顔を見つめた。


 …この数回のやり取り。

 俺の嫌いな最悪な言葉遣いはどこへやら…言葉遣いが自然だったな。

 この顔も、自然な気がする。



「あたしも行く。」


「来なくていい。」


「行くってば。」



 結局、ルカは俺の買い物について来た。


 近くの商店街の八百屋で、当然のように『妹さん?』と問いかけられた。

 それに対して俺が『はい』と答えると、うるさく反論すると思われたルカは唇を尖らせるに留まった。


 …そうだ。

 鈴亜りあと居ると思えばいい。

 そうすれば俺も変な気は起こさない。


 何も問題は起きない。



 はずだ。

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