7
「よっ、久しぶり。」
センの親父さん…
なんでも、
その間、久々の日本を満喫する予定らしい。
「で?なんか聞きたいことがあるんやて?」
SHE'S-HE'Sのプライベートルームで、浅井さんはタバコをくわえながらそう言った。
…センの親父さん…と思えばアレだけど…
目の前にいるのは、TRUEのギタリスト、浅井晋だ。
今更…緊張してきた…
「す…すみません…お忙しいのに…」
俺が頭を下げて言うと、浅井さんは俺の髪の毛をくしゃくしゃっとして。
「ははっ。堅苦しいんはなしにしよ!!」
笑顔で…そう言ってくれた。
「では…えーと…その…」
「うん?」
「実は、お聞きしたいのは…丹野さん…の、ことなんですけど…」
「…廉?」
俺の質問が意外だったのか、浅井さんは一瞬キョトンとした後、くわえてたタバコを消した。
「丹野さんは、独身だったんですか?」
「独身やったけど…なん?」
「あ、いえ…」
何から切り出そう。
「…丹野さんと、うちの母の関係を教えて欲しくて。」
ストレートにそう言うと、浅井さんは数回瞬きを繰り返して。
「…廉と、るーの関係?」
首を傾げて俺を見た。
「はい…文化祭でバイオリンを弾いたっていうのは聞きました。でも、その他の事…母は学生時代の話をしないので…」
「…るーが話さへん事を、俺が言うのもなあ…」
「いつか話す。とは言われたけど、どうしても今知りたいんです。」
「なんで?」
「…それは…」
「……」
ルカの事を調べるために。って言うのは理由にならない。
母さんもそうだったように、もしかしたら浅井さんにとっても話したくない辛い話なのかもしれない。
だけど…
「理由も言わないのに知りたいなんて、虫が良過ぎるとは思います。でも…お願いです。学生時代の…それから、渡米してからのFACEの話を聞かせて下さい。」
俺は真剣に浅井さんの目を見て、もう一度頭を下げた。
「……」
頭上から大きな溜息が聞こえた。
それでも俺が頭を下げたままでいると…
「…廉は、るーに惚れとった。」
「……え?」
思いがけない声が降って来た。
ゆっくりと顔を上げると、浅井さんは…真剣な顔で話し始めた。
「高校卒業して、るーがマノンと結婚して…俺らが渡米して成功するまで…ずーっと、廉はるーが好きやったんや。」
思わず、ポカンとしてしまった。
うちの両親は…大恋愛の末、結婚した。と聞いた。
だから、そういう…違う恋が存在してたなんて、思いもよらなかった。
「高校時代は、ホンマ楽しかった。みんなでじゃれ合うて…」
「…母も、キラキラしてる大事な思い出だって言ってました。」
「それでも話さへんかったんやろ?」
「…今度ゆっくり、とは…」
思い出すと辛い。
母さんはそう言った。
だけど…それは言わずにおこう。
「きっと、廉が死んだからやろな。」
「……」
「ま…俺らが渡米するまでは、みんな変わらず付き合うてた。最初にそれを壊したのは……俺やな。」
「…浅井さん?」
「涼…千寿の母親な?あいつを、ムリヤリ連れて行こうとした罰なんや。」
「……」
無理矢理ではなかったはず。
センのおふくろさんは…早乙女を捨て切れず日本に残っただけで…
想いは…
「涼は早乙女に必要な人間やった。俺はそれを頭では分かってても……自分の人生やから、きっとあいつは俺を選んで付いてきてくれる思うてた。」
浅井さんの目は、遠い昔を見てる。
「けど、涼は来へんかった。」
「……」
「俺はしばらくフヌケんなって。それから、高校時代の話は俺の前ではタブーみたいになってもうたんや。あんなに大事に思うた瞬間を…」
俺は、ただ黙って浅井さんを見つめる。
「誠司から連絡があった。涼が、俺の子供を産んだって。」
…センは八歳の時、実の父親が浅井晋だと知らされた。
誠司さんは、罪な事だと知りながらも、そうせずにはいられなかったのだと思う。
「驚いたなあ…でも、もう俺には迎えに行く資格もない…」
「どうしてですか?もしかしたら待ってたかもしれないのに…」
「涼に、どっちもはないんや。どっちか、なんや。」
「……」
「涼は、誰も知らんとでも思ってたんやろうけどな。誠司が、みんなに連絡とってくれてた。でもみんな、涼の気持ちを考えると、あの頃みたいに気軽に会う事はできへんかったんや。」
浅井さんは指を組んでうなだれると。
「廉が…廉があないな事になるんやったら…いつまでも俺が涼を引きずらんといたら良かったんや…」
自分に言い聞かせるみたいに言った。
「浅井さん…」
「…悪いな…こないな事…」
「…いえ。」
俺は髪の毛をかきあげて、浅井さんを見据える。
「もう一つ、いいですか?」
「ん?」
「丹野さんの写真か何か…」
「ああ。」
浅井さんは、少しだけ首を傾げて。
「これだけは、ほんまずっと持ってたんや。」
って、バッグの中から…
「これが、るー。」
写真の中には、高校生時代の母さん。
「文化祭のあと、部室で撮ったんや。るーの隣が、廉。」
俺は、母さんの隣の人物に目をやる。
「……」
背が高くて、長髪。
きれいな顔立ち…
「丹野さん…ずっと独身だったんですよね?」
「ああ…ま、彼女はいたみたいやけどな。」
「彼女?」
「紹介する言われてたんやけど、結局その前に死んでもうたからな。」
丹野 廉は…銃弾に散った。
夢にも恋にも、まだ…未来があったはずなのに。
「…それが、18年前の出来事…ですか。」
「ああ、もうそんなんなるな…」
親父が持ってたFACEのCDジャケットに顔は写ってなかった。
手にした写真の中の丹野 廉は…まるで、ルカの男版。
「…ふっ。」
ふいに、浅井さんが小さく笑った。
少し遠い目をして…その笑いは、しばらく続いた。
「懐かしいなあ…久しぶりに思い出したわ。」
そう言いながら、浅井さんは胸元からネックレスを取り出す。
そしてその先にある…小さな指輪を俺に見せてくれた。
「これな、名前が彫ってあるだけで、届け先分からへんし…俺がずっと持ったままなんや。」
「…誰の名前ですか?」
前のめりになって指輪を覗き込む。
「To Diana…?」
「そ。彼女の名前やろな。あいつ、親へのプレゼントとこれをオーダーしてた宝石屋の前で事件に遭うてん。」
「……」
「あの日、そこで待ち合わせしてたんや。驚かせる事がある、言われて。」
驚かせる事…?
彼女を紹介する気だったのか…?
「これとその写真だけが…廉の遺品。」
「遺品がこれだけ?」
「ま…元々持ち物の少ない奴やったからな。俺は廉と一緒に暮らしてたんやけど、あの事件の後…その頃の俺の記憶が曖昧になってもうて、ハッキリした事が思い出せへん。」
「……」
もしかして浅井さんは…
「あの…」
「ん?」
「もしかして…事件現場に…?」
「……」
俺の問いかけに、浅井さんは足を組んで。
「…今も、なんや夢みたいに思う。」
低い声でつぶやいた。
「思い出そう思うても、頭の中に霧が広がったみたいなって、全部がぼやける。廉の最後の時を覚えといてやりたい思う反面…俺の弱いメンタルがそれを許さへんのかもな…」
「弱いだなんて…そんな衝撃的な事件を目撃したら、誰だって…」
胸が痛くて言葉を上手く出せなかった。
俺だって…
目の前でバンドメンバーがそんな目に遭ったら…
…考えたくもない…最悪な事態。
「すみません。こんな…辛い事をお聞きしてしまって…」
深々と頭を下げると、浅井さんはまた俺の頭をくしゃくしゃっとして。
「いや、なんぼ辛い事や言うても、あれだけのボーカリストを事件で失くしたままにしとくんは勿体ないって気付いたわ。」
意外にも…明るい声。
俺が顔を上げると、そこには満面の笑みの浅井さん。
「ありがとな。廉の事、偉大なアーティストとして語り継がなあかんて…改めて思えた。」
差し出された手。
俺としては…不純な動機で知りたかった事だけに…少し胸が痛む。
…が。
「俺…バンドメンバーが大好きなんです。」
どう言っていいか分からず、子供じみた言葉でしか出せなかったが…
「ホンマ、SHE'S-HE'Sはみんな仲良しやな。千寿もバンドの話んなったら目ぇキラキラさせて、ええバンドに入れてもろたなあって、しみじみ思うた。」
浅井さんは握手したままの手を引いて俺をギュッと抱きしめると。
「メンバー、大事にせえよ。」
背中をポンポンとしながら…そう言った。
それから…
「で、なんで廉とるーの関係知りたかったん?」
「え?」
「まさか、自分が二人の子やないかって疑うてたとかか?」
「ちっ…違いますよ。」
「ははっ。ま、そらそやな。るーはマノン一筋やったもんな~。」
「そ…そうですか…」
「マノンが渡米した時にな?」
「いや…親のそういう話はいいです…」
結局その後、俺は浅井さんから…
親父が母さんにプロポーズしたキッカケは、丹野さんだった。
と言う事に行き着くまでの恋愛模様を、しっかりと聞かされた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます