2

「……誰。」


 朝、目が覚めてギョッとする。

 隣に知らない女。


「おはよ♡」


 俺の問いかけに、女は怪しい笑顔。

 とりあえず、まわらない頭で夕べの出来事を考える。



 確か陸とダリアに行って…陸がナンパした女の子とどこかへ消えて…

 

 そのあとは?



 横目で女を見るとー…当然だけど、裸。

 俺は、足でベッドの中を探る。


 …やったのか?

 何も覚えてないけど。


 それに、ここは俺の部屋だ。

 俺は部屋に女を連れ込まない。



「シャワー浴びていい?」


 女が言った。


「…ああ。」


 別に、どうってことないよな。

 ただ、女を連れ込んだだけだ。


 ふと、ベッドから下りた女の後ろ姿を見て…シャワーに消えた残像に見惚れた。

 スタイルがいい。

 何も覚えてないなんて、惜しいことをした。



 起き上がってタバコに火を付ける。

 大きく煙を吐き出すと…


「何だ、ありゃ…」


 リビングに、トランクとボストンバック。

 あの女の荷物か?

 それにしても…


「旅行者をナンパしたのか…俺は…」


 自分で言って、小さく笑う。



 キッチンでコーヒーを入れてテレビをつけると、『今日の占い』が始まった。

 あまり興味はないものの、眠い目をこすりながら眺めてると。


『双子座のあなたは、人生にかかわる大きな出来事があるかも』


「…俺かよ。」


 人生にかかわる、大きな出来事…な。


 知らない女を連れ帰って裸で寝てた…って、普通に考えたら大きな出来事かもしれないが、俺の中では一瞬の驚き程度のもんだ。

 そもそも…昔から冷めている俺にとって、『大きな出来事』と言われても…ピンと来ない。



「それコーヒー?」


 後ろから、心地いい声。


「ああ…」


「あたし、ミルクも砂糖もたっぷりなのが欲しーな。」


「……」


 ゆっくり振り返る。


「何?」


 すっかり自分の服を着て、トランクから荷物を出してる女を。

 俺は初めて直視した。


「何、荷物ほどいてんだ。」


「だって、このままじゃヘンじゃん?」


「何が。」


「一緒に暮らすのに、トランクに荷物つめたまま?」


「……」


 一瞬、何を言われてるのか分からなかった。

 …一緒に暮らす?


「待て。誰と誰が一緒に暮らす?」


「あたしと光史。」


「どうしてそうなる。」


 立ち上がって女に近付くと。


「これ。」


 女が、俺の目の前に一枚の紙切れを差し出した。


「何。」


「しっかり見て。」


「……」


 俺は、その紙切れに視線を向けて…


「……はっ?」


 口を開けた。


「ね?あたしは、あんたの妻なわけよ?」


 その紙切れは…婚姻届け。

 俺の名前の欄に…俺の筆跡で…名前が書いてある。


「夕べ、幸せにするって約束してくれたじゃん。」


 女は、その婚姻届けを大事そうに封筒にしまうと。

 まだ子供のような瞳で、俺に笑いかけた。


 昔から冷めている俺にとって、『大きな出来事』と言われても…ピンと来なかったが…

 これは、やらかした。


 十分、大きな出来事だ。




 * * *




「うわあっ!火がっ!」


「……」


 女の名前は『ルカ』といった。


 両親は自分が幼い頃に死んだ。

 15の時に最後の身内である祖母を亡くして以来、ちょっとしたモデルをしていた。

 父親が日本人、母親がアメリカ人のハーフ。

 って言うのが、本人の説。

 

 髪の毛も目も自然なブラウン。

 だけど、クォーターの知花より陸より、日本人らしく見える。

 

 まあ、スタイル、顔についてはモデルとしても申し分ない。

 

 それより…歳が…18…

 み…未成年…

 それだけでも若干頭を抱えたい気持ちだったが…


「見てないで手伝えよ!」


 最悪な、言葉遣い。

 何が嫌いって…

 俺は言葉遣いの悪い女が嫌いだ。



「おまえ、本当に女かよ。」


 俺がフライパンをもぎとると。


「悪かったな。」


 ルカは、身軽になった。と言わんばかりに笑顔でソファーにふんぞりかえった。



「これ食ったら帰れよ。」


「どこへ。」


「モデルクラブとか、入ってたんじゃないのかよ。」


「日本に来る時に辞めた。」


「日本でどうするつもりだったんだ?」


「さあ。ただ親父の古里を見てみようかなと思っただけだし。」


「じゃ、見たら帰るんだな?」


「そうはいかないよ、結婚したんだしさ。」


 そう言って、ルカは手にした婚姻届をヒラヒラと俺に向けた。

 

 …書いた覚えはない。

 ないが…どう見ても俺の字だ。

 夕べ俺はそんなに酔っ払ったか?



「…その婚姻届はおまえが?」


「夕べ飲んでたら店のマスターが持ってきたんだよ。電話でもして聞きな。ちゃんとした証人だから。」


「……」


 ダリアのマスターは、聖子の義兄だ。

 俺は頭が痛くなるような感覚を覚えながら、コンロの火を消す。



「うっわー、美味そう。」


 テーブルに置いたオムライス。

 ルカはソファーから足音を立てて来ると、立膝で椅子に座った。


「…おまえ、もっと女らしくしろよ。」


「なんで。」


「行儀の悪い女は嫌いだ。」


「ありのままの妻を受け入れろよ。」


「…見た目のままでいてくれ。」


「男は、外見しか見ないからな。」


「本当にモデルやってたのか?」


「写真にまで言葉遣いは写んないだろ?」


 言葉遣いの悪い女は嫌いだ。

 行儀が悪い女も。

 だが…なぜか俺は、ルカにそこまで酷い嫌悪感を抱かなかった。

 

 スタイルや顔がいいからってわけじゃない。

 ハッキリした理由は分からないものの…とにかく、行き場所がないと言う女を追い出すのもどうかと…



「…婚姻届は別として。」


「あ?」


 言葉遣い同様、行儀悪く食べるルカに、俺は言う。


「おいてやるよ。」


 俺の言葉に、ルカは一瞬丸い目をした。


「いいの?」


「そのかわり、もう少し料理ができるようになってくれ。」


「…出来なくても困らない。」


「じゃ、出て行くか?」


「……」


 ルカは目を細めてイヤそうな顔をしたけど。


「わかった。」


 そう言って、大口を開けてオムライスを頬張った。

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