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「…え…っ?」
俺が
そこにいた面々は一瞬絶句して、そして…
「れ…………いや…」
浅井さんは呆然としたまま、ゆっくりと立ち上がった。
「…はじめまして。ルカです。」
「あ…ああ、そっか…せやな……はじめまして…」
浅井さんだけじゃない。
親父も高原さんも臼井さんも。
みんなが目を見開いたまま、瑠歌を見て…顔を見合わせた。
「言わなくても分かると思うけど、丹野さんの娘なんだ。」
瑠歌を紹介すると、四人は誰ともなく。
「…疑う余地はないよな。」
そう口にした。
あれから瑠歌は。
「これ…父さんの遺品なの。でも…まだ一度も開けた事がなくて…」
持って来た荷物の中で一番小さなトランクを俺に差し出した。
「なぜ一度も?」
「…これ以上失望したくなかったから、勇気が出なかったの…」
そう言った瑠歌は、もしかしたらずっと丹野さんに何か期待していたのかもしれないと思わずにいられなかった。
これ以上失望したくない。
それは、最後の希望を捨てたくなかったから。
「開けてみるか?」
「…うん…」
そうして開けたトランクの中には…
「今日は、浅井さんにお願いがあって。」
瑠歌が声をかけると。
「あ…ああ、なんや。」
浅井さんは、まだ信じられないような顔で瑠歌を見つめた。
「父が曲を残してるんです。」
「…曲?」
「はい。父の遺品として渡されたトランクの中に、これが入ってました。」
瑠歌がその音源の入ったダットを浅井さんに渡す。
「父がギターを弾き語りしている物です。これに…全部のパートをつけてもらえないでしょうか。」
「……」
「FACEの作品として、完成させてもらいたいんです。」
ダットを受け取った浅井さんは、それを潤んだ目で見つめて…瑠歌の肩を抱き寄せた。
「ホンマ…とんだサプライズやな。あいつのやりそうな事や。」
「…父は、そんな人だったんですか…?」
「ああ。歌もそうやけど…瑠歌、会いに来てくれて、ありがとな。」
浅井さんがそう言うと、今度は瑠歌が驚いたように目を見開く。
「廉の忘れ形見に会えるなんて、夢のようや。ホンマ、よう来てくれた。」
浅井さんが瑠歌を胸に引き寄せる。
瑠歌は一瞬戸惑った顔をしたものの…父親の盟友であった浅井さんからの抱擁には、少なからずとも…『父親』を重ねたのかもしれない。
「…ありがとう…ございます…」
浅井さんの胸に顔を埋めた瑠歌は…
ようやく、18歳らしい顔になった気がした。
―昨日トランクを開けたあと。
俺は、瑠歌に母親の日記も読ませて欲しいと頼んだ。
だが…
「…やだよ。あたしが話した事で納得してくれないの?」
瑠歌は、なかなか承諾してくれなかった。
「納得はした。だが、もっと知りたい事がある。」
「…何。」
「いや、それは…読んでみない事には。」
「…他人の日記読みたいなんて…趣味悪いよ。」
「言っとくけど、俺は真人間じゃないからな。」
「……」
「読ませてくれ。」
どうしても…知りたかった。
幼い瑠歌を残してまで、絶望に命を落とさなければならなかった気持ちを。
瑠歌は覚えてもいない母親の敵討ちの気持ちで、日本に来たというのに。
…せめて、日記の中から…瑠歌が救われるようなことが見付けられないだろうか。
「…あたしも、16の時に何度か読んだきり…もう見てないんだけど…」
瑠歌は浮かない顔ではあったが、渋々日記を貸してくれた。
B6サイズの日記帳。
俺はそれを、瑠歌が眠った後…読み進めた。
そこには、瑠歌が言ったように…丹野さんとの出会いや、デートでの事が事細かく書かれていて。
見た事もない二人の様子が、簡単に想像出来るほどだった。
だが、ある事をキッカケに…暗雲が立ち込める。
それが、瑠歌の名前だ。
『廉の愛は今も
『あたしは愛されてなかった』
そういう言葉が並んだ後…丹野さんが三人で暮らすための新居を用意してくれた事への喜びが綴られていた。
だが…最後は、遺書だった。
彼の愛を信じられなかった。
彼の愛を疑ってばかりだった。
彼が現れたら…それが確かめられるはずだったのに。
彼の愛が真実だったのかを疑い続ける人生は耐えられない。
こんなままで、生きていける自信がない。
どうかルカが幸せに包まれますように。
「……」
小さく溜息をついて…日記帳を閉じた。
そして、ベッドで眠っているルカの隣に入って…
「…ん…光史?」
後ろから抱きしめる。
「…何…?」
「そんな身構えなくても、何もしねーよ」
ルカのうなじに顔を埋めてつぶやく。
「…こんな事されたら、眠れない」
「じゃあ起きてろ」
「…日記読んで同情したの?」
「そうだな」
「……」
「だけどそれだけじゃない」
「…他に何があるの?」
「ダイアナが出来なかった事を、してやりたいと思った」
「…母さんが出来なかった事…?」
ルカはモゾモゾと体を動かして俺に向き直ると。
「あたしを…育てるつもり?」
眉間にしわを寄せた。
「ああ。とりあえず養女にして…」
「嘘でしょ?」
「嘘」
「もう!!」
起き上がったルカの腕を引いて、胸に抱き止める。
「ダイアナがおまえを大事にしたくても出来なかった分、俺が大事にする」
「え…」
「大事にするから」
「……」
頭を撫でながらそう言うと、ルカの身体から力が抜けて…その重みが胸に心地良かった。
「…プロポーズ?」
「そう取ったか…」
「違うの?」
「違わなくもない」
「もう…どっちよ…」
ルカは両手を俺の背中に回して。
「…プロポーズなんて…今更…よね。あたし達…夫婦だし…」
そう言って。
自分から…唇を重ねて来た。
母親の日記から、瑠歌を救えるような何かは見付けられなかった。
だが…
『どうかルカが幸せに包まれますように』
この祈りを。
俺が叶えればいい。
…ついに俺も、妻帯者か。
まさかの展開だ。
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