ホラーのレビューを書いたら、それ自体がホラーだった件


 特別支援学級の担任である行橋教諭の受け持ち生徒は二人。そのうちの一人田部滉太はまったく出席してこない。協議のすえ、ボランティア・コーディネーターである香川さんと二人で、田部の家を訪ねることになるのだが、この香川さんがとても素敵な女性で……。

 本作は、自身も特殊な病気に苦しみつつ、受け持ち生徒を救おうと奮闘し、協力してくれた香川さんと気持ちを通じ合わせた行橋教諭が、真に「幸せな家族」を得るまでの物語である。
 その過程において、不登校の問題や教育現場の難しさ、ボランティアの方々の苦労などが、見事に描かれ、また行橋先生と香川さんの、二人のじわじわと近づいてゆくエピソードが差しはさまれていて、リアルな現場が描かれた、社会派の物語であるといえる。
 そして、超一級のホラーである。

 え?と思うかもしれない。上記のストーリーラインのどこに、ホラー要素があるのか?と、普通の人は考えるだろう。きっと、ぼくだって、そう思う。

 が、がっちがっちのホラーである。
 いままで読んだホラー小説の中では、トップクラスの怖さだ。

 みなさんは、ホラー小説というとどういうものを想像するだろうか? 「リング」? 「憑き歯 密七号の家」? どちらも怖かった。もう表紙からして怖い。文体だって、もう冒頭からおどろおどろしい。

 が、本作「幸せな家族」は、ホラーとしては「?」な題名である。事実読み始めても、まったくホラーではない。

 ときに、この世にある本当の怪異とは、いかにもな心霊スポットや夜の墓場だけに現れるものだろうか? もしかしたら、真昼間、ふつうの人間の顔をしてわれわれの目の前に現れることはないのだろうか?
 事実、実際の怪異に直面した人たちの話を伺うと、それは突然に普段の生活のなかにぽっかりと開いた穴のように現れ、理由もなく、訳も分からず襲い掛かってくるという。

 本作中では、福祉や教育の問題に触れつつ、そのなかで人を思いやり、出来ることを努力し、必死に生徒を救おうとする教師のリアルな社会派小説という世界がきっちり構築されている。
 だが、その光り輝く世界観が、ぎぃぃぃぃっと開いたたった一つの鉄の扉でぶち壊されるのだ。その直前の、感動的な場面で涙を流していた読者たちは、まるで実際の怪異に直面したかのように、恐怖の井戸にいきなり叩き込まれ、身も凍るような恐怖を味わうことになる。

 なんということだ。あの、ちょっと泣けてしまうほど素晴らしい社会派小説は、読者を恐怖に叩き込むための、舞台装置、あまりにもよく出来た、いや出来過ぎた罠だった。

 普通、そこまでするか?

 こんな大掛かりな罠を仕掛けられたのは、映画「スティング」を観たとき以来だ。

 が、恐怖はここで終わらない。怪異は正体を現さず、消え去るのだ。そして、何事もなかったように物語はつづく。そう……、恐怖は持続しない。瞬間的であり、人はそれに馴れる。作者はそれをよく知っている……。そして、ふたたび恋愛要素の絡んだお話が始まり、ほっこりした辺りで、そこに「〇〇」がぽっかりと姿を現す。
 たった漢字二文字。その変哲のない二文字が、もう腰が抜けるほどに怖い。




 あまりにも怖いので、半泣きで作者にコメントした。「怖いです」と。
 作者からの返信は、こうだ。



「うひゃひゃひゃひゃひゃ」


 ああ、ぼくには絶対ホラー小説は書けないな、とこのとき思った。

 ホラー小説のレビューを書いたつもりだが、まるでこのレビュー自体がホラーのようだった。

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