伝説のお通り

「さ、魚……」

 リピアが固まる。引けず進めない。視線の先にそれほど圧を放つ者がいるのか。シェミネがおそるおそる藪に目を向ける。同時にあちらも旅人たちを見た。なおも動けぬリピアが果敢に口を開く。訂正の必要を感じたからだ。魚ではない。それは、それは。

「プチドラゴン!」

 ええ、この生き物が、という顔をしたスイは、目の前の生物と伝説の生物を重ねてみる。ありえない形をしている点では伝説寄りだ。不可思議は当然の顔をして転がっているものだけれど、これはあっても良いものだろうか。魚が歩いている。

「まさかな……」

 いるのだから認めなくては。華奢な足でひたひたと。厳めしい鱗を背負って、やけに白い腹をさらけ出し。怪異として埋葬したくなる弱々しさの伝説だ。小さな鰭が、掲げた棒を握りしめた。先端で飾りが揺れており、刺突用の武器には見えない。呪術用の杖にしては禍々しさが無い。そして襲いかかってくる気配も無い。

「ドラゴンを見たことがあるの?」

「ない」

 けれどあれは竜だ。ドラゴンだ。断定される。博識な森のひとが言うからにはドラゴンなのだろう。毒や火を吹いたり、凍えさせられたりするのだろうか。綺麗で新鮮で生臭そうな目がこちらを見ている。金魚鉢の魚だって、もう少し野性味を捨てた可愛さを見せるだろうに。魚ドラゴンはぱくぱくと口を開いた。酸欠だろうか。恐れすら含んだ声が漏れてきそうだ。声を発するならば恐ろしい鳴き声に違いない。ただしあのおちょぼ口、火は吹かないだろうな。そんなことをしたら焼き魚になってしまう。

 互いに一歩も動かない。こんなに隅々まで観察してしまった。生物とこれほど睨みあったのは久しぶりだ。引けず、進めない。

 魚ドラゴンの背後で茂みが揺れた。ざわざわと葉を揺らすのは風だけではなかった。もう一匹が現れる。いいや、待て。さらに一匹、二匹……行列だ。参勤交代か。狐の嫁入りならぬ、ドラゴンの嫁入り行列か。並んだ魚ドラゴンたちはこちらに目を向けながら、しずしずと歩を進める。先頭を歩いていたらしい一匹だけが立ち止まっている。

「ギョウ列なのか……魚の……」

 いいのか、列に戻らなくて。おそるおそる声をかけると、ドラゴンはギョっとして持ち場へと駆けて行った。

「ギョラゴンたち、文化的な生活をしているんだね」

「伝説の生物ですものね」

 ドラゴンだって、忘れ去られたのならば平和に生きたい。

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