雪降日誌
「歩けども歩けども先に進まない」
「虚無だからさ」
足跡を振り返ると、白紙に巻き取られる。世界は回る。回し車に乗せられて、同じ景色を見ながら歩いているようだとスイが零した。果てが見えず、溜め息にもならない。白い大地を旅人が行く。
「虚無なのか」
スイはリピアに意味を問う。何もない。ならば自分も無いのだろうか。
「そう。我々は実は、無い」
「我々はどこに向かっているのかな」
「進まないねえ」
「果てはない。世界に果ては無い」
「みな何も持たず、どこにも居ない。きみたちもまた、ここに居ない。私も。そして、流れるように同じ場所に向かっているんだ」
「同じ流れの中に」
雪を踏む音が聞こえるわよ。シェミネが囁いたので、一同、耳を澄ませて歩く。きゅ、きゅ、と雪が鳴く。一歩後ろの足跡に、泣き顔を描いた。雪の下に地面があるならば、虚無の中で春を待ってみても良いだろう。
進まないねえ。進まない。呟きながら、歩き続ける。止まっているわけではないのだ。歩く速度にもどかしさを感じているだけ。
「前も後ろも、一面真っ白だ」
「花でも咲いているの?」
「白い花なら、白詰草がいいな」
芽吹く大地に、再び積もった雪のような、白詰草がいい。土の匂いが吹き込んだ。何も無い大地で、記憶だけが風を揺り起こし、季節を呼び込む。いつか春を忘れてしまうだろうか。リピアが虚無を掬い上げた。森から離れ、遠くまで来たものだ。風よ吹けと念じたが、無風。さらさらと手から零す。地面に戻るものだと思えば、どこまでも落ちていく。上も下も、右も左も無いようだ。呆然と口を開けたリピアの肩を、スイが叩いた。音は吸い込まれてしまったが、手の重みをリピアは噛みしめた。
シェミネが階段を上り、飛び込む動作をしてみせた。リピアが続く。どこまでも落ちていってしまうのではないかと、スイが息を飲んだ。ほれ見たことか、二人の姿が埋もれた。着地点を覗き込むと、白い手が湧いてきて、腕を引かれ、マントの裾を引かれたので、抵抗せずに膝をつく。
「静かでひんやりしていて、かすかに甘いかおりがするわ。動くのが億劫になる、冬のかおりが」
スイが笑って、同じように身を沈み込ませた。背中を預け、浮かぶように泳いで行けたら捗るだろうな。仰いで呟いた声を地に返すように、寝転がった三人の上に、虚無が降り積もる。
「この身を糧に、花が咲けばいいな」
「真っ白な花?」
「そう、白詰草」
箱に詰められ、花に埋まり、舟に乗せられてぷかぷかと、流れ着く地を夢に見た。
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