水のひと
私は水に入る。
今日が十三日の欠けた月で良かった。満月に入れば月が溢れて落ちてしまうから。一日川が増水し、岸に生える低い草木を流れにさらすことになる。そうではなくもっと静かに。私は水に触れる。水は溢れず私は身と芯まで、水になる。かさは僅かに増すが気付くものはいない、いないまま、私は川底の化石になる。
平らに散らばり固まった体で、揺らぐ空を見る。私は水のひとである。いつからかそうである。みなきっかけなど知らないが、川の溜まりにいるとき、水のひとだと理解する。
川が淀む場所、溜まる場所を、変化から外れたひとびとが居場所とした。上澄みを小魚にゆずり、水底に横たえるその体は生物の住みかとなっていく。時々いたずらに体をくすぐられて、くすくす笑う。陸にいた頃の言葉は忘れていく。笑い声すら意味を失っていく。何故声をあげていたのか分からなくなる。そうすると、カラカラ、という水音で歌うようになる。
私は誰であるか。私は水のひと。私は人であったのか。人だった頃を思い出してひとと名乗るが、別の生物であっても文句は無い。そういった曖昧な体のものが五万といる。
この川は海に、海は地下に、土塊は山に繋がる。水のひとも海と川となれる。体そのものが繋がる事を許容した我々。
水の歌を歌う前に、そう、私は海を見ておきたい。
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