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なんでこんなとこでへたばってんるの、なんでそんな格好なのですか。私たちはそれぞれ疑問を口にした。
先に察したのは私で、細身のダークスーツ姿のソウヤさんを見上げて叫ぶ。
「社長、お亡くなりになられたのですか?」
「まだ死んでない入院しただけ、……ってか知ってんの?」
ぎょっと目を剥いたソウヤさんに頷く。名字がご一緒でしたから、と。
彼の本名は神田総矢。つまりは〈神田屋〉、のちの〈カヤカヤ〉有する地域のベストパートナー、ショッピングセンター〈カーヤ〉の跡取りであり、次期三代目社長だった。
「『カーヤの歌』を歌っておられるのも幼少期のソウヤさんですよね?」
ああ、うん、そう……ソウヤさんは首肯しつつも、呆然としていた。なので、純ちゃんやパートの皆さんはご存知ないですよ、と言い添えておく。私が知ったのはたんなる偶然の重なりに過ぎなかった。
「まあいいんだけど、俺も首を括ったし」
首ではなく腹、首を括っては良くないと思ったけれど、私も気力が続かず、黙ったままでいた。
ところで、とソウヤさんはスーツ姿にも関わらず、私の隣に腰を下ろした。
「カヲルちゃん、さっき、光った? 運転中、暗紫紅の火柱みたいのが見えてびびったんだけど」
ああ、うん、そう……私は首肯しつつも、言葉を選んだ。〝警告〟です、と。
「私は美味しくないですよ、とアピールしただけです」
閉店後の〈カーヤ〉は、エコ志向で、可能な限り消灯する。暗紫紅の光は、彼――あるいは彼女かもしれないが――の目を激しく灼いただろう。
うまく光れて良かったです。笑った私に、一か月近く会わないうちに柴犬並みの短毛になったソウヤさんは、ごめん、と自分が噛まれたような面持ちで頭を下げた。
「庭」というのはソウヤさん自身のというわけではなかった。このラブホテルは株式会社神田屋の子会社が経営していたのだ。
その夜、初めての行為に私の身体は凄まじいほど暗紫紅の光を燃やした。最初から行為に挑んでいたなら、たんに〝求愛〟の役割を割り当てられていただろうと思われるほどに。ソウヤさんの首っ玉に縋り付いて痛みを堪え、肩越しに暗紫紅の業火に焼かれる彼の背を見る。
背の君。ああ、結局はこの誘惑を振り切れなかった。振り切れるはずがなかったと、私は彼の隆起した肩に目元を埋めた。
従業員に手を出すわけにいかなかったと、ソウヤさんは言う。ケジメよケジメ、と。三代目ともなると地銀の頭取の娘さんと政略結婚しなくてはなりませんよね、とまぜかえせば、それなーと満更そうでもない。
彼は私の胸とその先端をこねくり回したり、摘んだりしてもてあそびながら
「本当はやっぱり俺に一目惚れしてたんでしょ、五年前」
「思い出したのですか、店員さん」
私たちは額を付け合い、ふふと笑う。
あの癖っ毛ドジっ娘とまったく重ならなかった、胸の大きさもと彼は意地悪く笑う。
中学時代の職場体験で十五の私の面倒をみてくれたのは、バイトで入っていたソウヤさんだったのだ。彼は将来的に〈カーヤ〉を継ぐべく、様々な部署の現場体験を積んでいた。〈カヤカヤ〉でのバイトもその一環だ。後継問題は、社長――父親との仲がこじれて、ペンディングなっていたようだが、彼はようやく首を括ったという。
ともあれ、一介のアルバイターであろうが、次期社長であろうが、五年前も、今も、ずっとずっとずっと昔も、ソウヤさんは私にとって光だった。それは間違いない。
甘やかな思い出にか、胸の愛撫にか、私はくらくらと酔わされながらも、一目惚れではありませんと、そこは明言しておいた。愛撫が激しくなったのは言うまでもない。
今晩は〝ハグタイム〟でも〝ご休憩〟でもなく、宿泊だった。男の寝息は、こんなにも女を安らかにさせる。今も昔も変わらぬざまに、後ろめたさを感じないでもなかった。純ちゃんの、スポーツ女子高生の、侮蔑の眼差しが脳裏に浮かぶ。罵りの幻聴も。むしろご褒美ですといった痛烈な風情で。
安瀬の女は恋をすると光る。それはとっくの昔からの通説であり、光の意味はそれに尽きる。遙か昔から、自らの光に翻弄されて生きてきたのだ。
母は光枯れたからこそ、自分の心を見失い、姿を消したのだと思う。
だからこそ、私は光を利用して生きようと誓う。光を薫らせ、くゆらせ、気を引き、探らせる。そういう意味では、あの女性客らと一緒なのだ。だけど、年季が違う。
寒田はサムダから転じ、音読みのカンダから神田へ。寒田男は青白い蛍火を操り、女を呼ばう。再会した貴方が、無意識のうちに私へ向けて青白い後光を射したと思うのは、妄想なのだろう。前世の、あるいは別の世界線、もしくは異世界の記憶など虚妄に過ぎず、意味も無い。
それでも、光には意味を与え続ける。一番ほしいものを手に入れるため。具体的に言えば、この寝息を。
――私は、安瀬の女だから。
光かをる 坂水 @sakamizu
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