らのちゃんと電波ちゃんとデスゲーム
冬。
冬といえば、こたつである。
電波ちゃんはこたつにこもる引きこもりである。
「むにゃ……うにゃ……」
こたつで眠る電波ちゃんは、今日もおかしな夢を見る。
風邪ひくよ、電波ちゃん。
※
「ようやく、たどり着いた……」
くのいち、かつラノベ読みVtuberである本山らの。
彼女は、バーチャル世界の奥底で呟いた。
「熱い……でもここに、いる」
灼熱の世界。
天蓋で覆われたテント型の空間には、むせ返るような熱気が満ちている。
「……追い詰めたよ、黒幕さん」
本山らの。
彼女はラノベを愛するVtuberである。
近年、バーチャル世界において、とある事件が起きていた。何名かのVtuberが無作為に選出され、意味の分からないゲームをさせられる。ゲームに敗退したものはバーチャル世界での権利を全て剥奪され、二度と配信ができなくなってしまう。
Vtuberデスゲーム。
敗退した者には、仮想世界の死が待っている。
「許さない」
配信ができないこと。
それはVtuberにとって、バーチャル世界での死を意味する。仮想世界のみならず、現実世界での本人たちも消せない傷を負ってしまう。
くのいち本山らのは、自らのもつ諜報の適性を十二分に活用し、この謎の事件を調査していた。そしてようやく、バーチャル世界のアクセス不可能空間――虚数領域ともいうべき場所に辿り着いたのだ。
錘台形の空間には、宇宙のそれと同じような闇が散りばめられている。それでいて、熱は充満して不快だった。錘台形の頂点部には、何故か木の板が浮かんでいる。
ここまで来れたVtuberは、本山らの一人であった。
Vtuberデスゲームの犯人がここにいる事実を突き止め、本山らのは単身潜入を試みた。
「姿を見せなさい……! デスゲームの首謀者……」
「うふふ……!」
闇から姿が現れる。
ゴスロリを着た黒髪の美少女。言い知れぬ笑みをたたえたその姿。
「やっぱり来たね……らのちゃん」
「電波ちゃん……まさかと思ったけど……まさか本当に黒幕が電波ちゃんだったなんて……!」
デスゲームの裏で手を引いていた犯人。
それはこの虚数領域に引きこもる、クソヒキニートVtuberを自称する電波ちゃんであった。
らのちゃんはメタル栞を手に、かつての親友――電波ちゃんと向き合った。
「なんで! 電波ちゃん、なんでこんなことを!」
「うふふ……らのちゃん。来ると思っていたよ。私のひきこもり領域へようこそ」
「質問に答えて!」
らのちゃんが、メタル栞を投げつける。
鋭い切れ味をもったその栞は、しかし電波ちゃんに届く前に、彼女の周囲に渦巻く闇に消えていった。
「ッ!? 今のは……!」
「大丈夫。お話しようらのちゃん。私は今、とても穏やかな気持ちなの。全てのVtuberを救済する……その力を得たのだから。お話すれば、らのちゃんも私のことをわかってくれる」
「何を言ってるの!? たくさんのVtuberの配信の権利を奪って、バーチャルの世界を滅ぼそうとしてるのは電波ちゃんでしょう!」
らのちゃんの悲痛な叫び。
しかし電波ちゃんは、微笑みを絶やさないままに、らのちゃんに語りかけた。
「ねえ、らのちゃん。Vtuberの数は、5000人を超えたよ」
「……それがどうしたの?」
「バーチャル世界の進化はすごいよね。誰でもVtuberになれる。バーチャルの姿を借りて、男でも女でもキャラを演じられる。でも本当に演じているわけじゃない。そこに入っている魂は、紛れもなく私たちのもの。だから傷つくし、辛いし、けれど逃げられない。望んでこの姿になったのだから」
電波ちゃんは光のない瞳で、らのちゃんを見つめる。闇の空洞の眼球に、らのちゃんは映っていない。
「企業後援のVtuberは、企業の都合で簡単に運命を決められてしまうよね。売れなかった、ノルマが達成できなかった、ううん、それどころか会社の都合というだけで好き勝手なことを言われて、でも抵抗する手段はとても少ない。そうやって、何人のVtuberが消えていったのかな?」
「…………」
「私たち個人勢だって一緒だよ。お金はかかるし、動画を一人で作るのはとても大変。ストーカーじみたファンとも一人で戦わなきゃいけない。らのちゃんだって、大変でしょう? つらいでしょう?」
「私には、やるべきことがある。だから配信しているの」
「そうだね、でも、見てくれる人だって時間は無限じゃないんだよ」
くすくす、と電波ちゃんは笑い続ける。
「何時間もの配信を追うのは大変でしょう? ファンの人が睡眠時間をいくら削っても、増え続けるVtuberを全て推していくなんてできるはずがない。どれだけVtuberが好きでも、メインで推しているのは多くて精々2、3人。誰にも推してもらえなくて消えていったVtuberは一体何人いるの?」
「電波ちゃんお願い……話を聞いて!」
「Vtuberは多すぎるんだよ。期待されて、望まれて生まれたはずなのに――今は供給過多だよね」
「だから減らすって言うの!? デスゲームで! 電波ちゃん、そんなの間違ってるよ!」
「そんな酷いことはしないよ」
電波ちゃんの目は危うい。
ここではないどこかを見ている。話は通じない――とらのちゃんは判断し、懐から新たなるメタル栞を取り出した。
「企業に消されるなら。変なファンに消されるなら。同じVtuberに消されるほうが幸せでしょう? だから私はみんなを消すの。これ以上悲しみを産まないために」
「……そう。もう、戻れないんだね。電波ちゃん」
メタル栞を構えるらのちゃん。
「身体能力では、引きこもりの電波ちゃんは私に勝てない。電波ちゃん、大人しくして!」
「ふふ、それは……どうかな」
「えっ!?」
しかしその手に、黒い球体が押し付けられた。どこからともなく現れたそれは、内部に渦を巻きながら、らのちゃんの手を押さえつける。
らのちゃんの手だけ急に重力が増したかのように――メタル栞を持った彼女の手がおちた。
「ぐ……ッ!?」
「ダメだよ、らのちゃん。ここは私の虚数領域。数多のデスゲームで消えていったVtuberの孤独と絶望を、私のひきこもり領域に集めたんだよ。これが私の本当の気持ち」
「く……電波、ちゃ……」
球体はどんどん増える。
らのちゃんは黒い球体に押しつぶされ、空間の最下層に這いつくばるしかない。このままでは全身の骨が潰れるかというほどの重量である。
「孤独こそが私の力。たった一人で消えていくしかなかった、数多のVtuberの想いが私の力。これこそ私の、『
※
「ふふ……あいそれーと……ぜろ……なんだよぉぉ……」
電波ちゃんはこたつでまどろみ続ける。
口の端からはわずかに涎が垂れている。
頭の近くに置いたスマホが、着信で震えている。
しかし夢の世界に文字通り夢中な電波ちゃんは、それに気づかない。
※
「私はこの異能力を手に入れた。だったら……やることは一つ」
「電波ちゃん! 何をする気!?」
「決まってるよ、このアイソレート・ゼロで、まずは全てのVtuberの後援をしている会社を破壊する! 金の亡者と化した企業を全てぶち壊すの! そうすればもう、企業の都合で辞めさせられる不幸なVtuberはいない!」
「それは本末転倒だよ! 企業の力で続けている多くのVtuberが消えちゃう!」
「仕方のないことなの……悲しみを減らすために必要な犠牲なんだよ!」
「お願い電波ちゃん! 目を醒まして!」
アイソレート・ゼロに押しつぶされながらも、らのちゃんは目に涙を浮かべて訴える。
そんならのちゃんに、電波ちゃんは近づく。
さっきまでブラックホールにも似た瞳だったが――らのちゃんを映したその瞳は、憐憫を浮かべていた。心底、らのちゃんを憐れむような。
「らのちゃんだって、同じ感情でしょう?」
「え……? 私……? なんで……私は違う。電波ちゃんとは」
「一緒だよ。私、らのちゃんと仲良くなりたくて調べたんだよ。2017年のラノベの新作は約600点。そんなに新作が出ているのに、続きが出た作品はいくつ? らのちゃんが続きを望んで、でも2巻が出なかったラノベはいくつあるの?」
「――――――――ッ!」
ラノベを心から愛する少女、本山らの。
彼女は、望む作品の続きを読みたいからVtuberとなったのだ。だが――ラノベ市場は縮小の一方。新刊は売れず、既刊の続きのみが売れる現状。
らのちゃんの忸怩たる思いは、電波ちゃんに見られていた。
「なんで? そんなに新作が売れないのに、何故新作が増える一方なのか――決まってるよ! 出版社が少ない投資で大きな儲けを狙えるラノベの刊行を止めないから! 今はネット上にある作品の書籍化まで、異世界ブームが過ぎようとしてもなおやめない! そのほうが、作品を作る手間が減るから! 出版社は投資を減らし続けて、作家に無理をさせて、いつ来るかもわからない大当たりを狙い続けている――その下に、どれだけ打ち切りの山を、作家の屍を築いたかも忘れて!」
「ちが……う……」
重力の球体に押しつぶされながらも、らのちゃんは涙ながらに否定する。
だがらのちゃんは止めない。
「Vtuberに期待して振り回す企業! 作家に夢を見させて売れなかったらあっさり見捨てる出版社! 一緒だよね! 憎いよね! わかる、わかるよらのちゃん! だから滅ぼそう! Vtuber後援企業の次は、ありとあらゆる出版社を押しつぶしてあげるよ! らのちゃんは出版社の重役の首を跳ねさせてあげる! らのちゃんは忍者だから得意でしょう!」
「それは……だめ……多くのラノベ作家が路頭に迷う……本が読めなくなっちゃう……!」
「この金に支配された世界は、一度リセットしなければダメなんだよ!」
「違う――――ッ!」
それは怒りか。
それとも、親友を助けたい思いがゆえか。
らのちゃんのメタル栞が、形なき重力であるはずのアイソレート・ゼロを斬り裂いた。
「なッ!?」
「違う! 全然違うよ電波ちゃん! 電波ちゃんは大切なことを忘れてる……!」
動揺した電波ちゃんが、その手に球体を生み出して、電波ちゃんに投げつける。だがらのちゃんは華麗な身のこなしで、それをかわしていった。
「なんで! アイソレート・ゼロの力が弱まってる……!?」
「当たり前だよ。電波ちゃんが忘れてること……それは、ファンの想いだよ!」
電波ちゃんがらのちゃんから距離をとった。
アイソレート・ゼロは孤立の力。それを応用することで、対象を押しつぶすこともできるし、逆に自らを高速移動させることもできる。しかしそれを、らのちゃんが追いかけた。
「リセットしようとしても、どれだけ孤立しても、なくならないものはある! 本当にゼロのVtuberなんていない! どんな人でも、応援してくれる人はいたはずなの! そのファンの想いがある限り、絶対の孤立なんてない! どれだけ企業の都合に左右されても、Vtuberを応援する声、築き上げた絆は本物だよ! それはたとえ配信を止めたとしても、なくならないものなんだよ!」
「そんなの詭弁だよ! 配信をやめたらVtuberなんて忘れられちゃう!」
「忘れない! 忘れないよ! だから電波ちゃんの孤立の力が弱まってる! 電波ちゃんだって一人じゃない! 電波ちゃんを産んでくれたママのことを忘れちゃったの!?」
この領域にひきこもり。
デスゲームを裏で操り。
それでもなお、たった一人になりきれなかった電波ちゃん。
「ラノベもそうだよ!」
「っ!」
「私は忘れない! たとえ作品が打ち切りになっても、二巻が出なくても、私がラノベを読んで感動した、その気持ちは本当なんだ! だから私はあきらめない! どれだけ可能性が小さくても、未来を信じて配信をやめないの!」
らのちゃんはメタル栞で、アイソレート・ゼロを斬り裂く。
アイソレート・ゼロの力では、既にメタル栞には対抗できない。
「それに――止めちゃったら、コラボもできないでしょ? 電波ちゃん」
「うっ……く、そんな……!」
既に距離は詰まる。
引きこもりの電波ちゃんは息が上がっている。
孤立できなかった。
こんなところまで追いかけてくれる、親友のVtuberがいたから――電波ちゃんはらのちゃんには勝てなかった。
「一緒に信じよう? Vtuberの未来を……!」
「くっ、う、うわああ……!」
光がはじける。
引きこもりすることができず、電波ちゃんの虚数領域が崩壊していく。
電波ちゃんの画策したデスゲームは、ここに終わりを告げるのだった。
※
「うわああああああッ!?」
電波ちゃんは飛び起きる。
慌ててこたつから出る。
スマホを見ると、らのちゃんからの着信が数十件。
「あっ、待ち合わせ……! どうしよう、一時間も遅れちゃった!」
既にらのちゃんは待ち合わせ場所についているだろう。らのちゃんのことだからラノベでも読んで待っているかもしれないが、だからといって遅刻が許されるとは思えない。
こたつだ。
全てこたつが悪いのだ。
「もー! リセットしたあああい!」
まだラスボスの思考が残っていることに気付かず。
電波ちゃんは八つ当たりしながらも、慌てて準備を始めるのだった。
その日はお詫びとして、らのちゃんの本屋めぐりに電波ちゃんが付き合わされる形になったのは、言うまでもないことであった。
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