らのちゃんと鈴ちゃんとキャラ立ち



「うーむ……」

 らのちゃんは悩んでいた。

 彼女が眺めているのは、自分のイラスト。

 厳密にいえばVtuber本山らのを描いたイラスト……通称「らのあーと」である。

「うーむ……えっちぃ」

 などと言ってみる。

 らのあーとは今まで、らのちゃんが本を片手に笑顔だったり、ラノベについて熱く語ったりといった、どちらかといえばかわいらしいイラストが多かった。

 それがどうだろう。

 今、らのちゃんが見ているのは、自分がビキニを着ているイラストである。

「個人的にはとってもいい!」

 ラノベに造詣があるらのちゃんは、多少過激なイラストにも耐性があった。

 そもそもこうなった原因は、らのちゃん自身がツイッターで発言したためである。ハッシュタグをつけて「本山らのマイクロビキニ部」とだけ。

 その45分後に、ビキニイラストが送られてきたのだから、まことツイッターの世界は恐ろしい。

「個人的にはとっても嬉しいですけどね……へへへ」

 心に男子高校生を飼っている、と自称する本山らの。

 もちろん、エロを追及することが自分の活動の本意ではないので――ほどほどにしておこうとは思いつつ、いただいたイラストはありがたく眺めているのだった。

「もー、Vtuberみんなマイクロビキニ着ればいいのに……」

 などと言ってみる。

 ネットの世界は、いまやVtuberが氾濫している。

 それに応じて、プロアマ問わずイラストレーターの筆も進む。その供給は、視聴者のみならずVtuber自身のうるおいともなるのであった。

 などと思っていると。

 デスクに置いていたスマホが震える――着信だ。

「あ、もしもし、らのちゃん?」

 落ち着いた大人びた声。

 最近、特に仲のいいラノベ配信仲間――軽野鈴かるのべるちゃんであった。

「あ、べるちゃん! どうしたんですか?」

「あ、あのね、それが……」

 べるちゃんは言いよどむ。

 落ち着いてゆったりとした口調ではあるが、話す口調はよどみないべるちゃんである――言葉に詰まるのは珍しい。

「あの、私のマイクロビキニのイラストが……」

「あー」

 らのちゃんから波及した流れだ。

 べるちゃんにも(あたかも当然のように)マイクロビキニが似合うというツイートが流れ、イラストも投稿されていた。

「やっぱり恥ずかしい?」

「ううん、これはこれでいいと思います」

 いいのか、とらのちゃんは思った。

 とはいえ、べるちゃんはらのちゃんより少し年上。司書として働いている立派な社会人である。大人なことにも耐性があるのだろう。

「えっと、イラストそのものはとても嬉しいんですが……私、その、困っていて」

「困る?」

「なんだか私が、一人で過激な衣装を着て、部屋でコスプレをしてるといった設定が……いつの間にかできあがって、一人歩きしちゃってるような」

「ああ……」

 バーチャルの世界は、そのあたりとても難しい。

 生身の人間がいるものでありながら、二次元キャラとしての側面も持っている。本山らのは化けられるキツネなのでうまいことやっているのだが、軽野鈴ちゃんはごく普通のラノベが好きなだけの一般人である。

 まるっきり二次元キャラのように扱われるのも抵抗があるのかもしれない。

「あー、それはやっぱり嫌なの? べるちゃん」

「い、嫌ではないけれど……」

 嫌ではないのか――とらのちゃんは思った。

 聞くところによると、彼女はノクターンノベルスというR18ラノベ投稿サイトも目を通すことがあるらしい。清純派のらのちゃんよりオトナなのかもしれない……いろいろな意味で。

「でもやっぱり、設定が一人歩きするのは、怖くないですか?」

「そうだね。見てる人の妄想だもんね。部屋でマイクロビキニ着てる、なんて思われたら困るもんね」

「…………」

「べるちゃん!?」

 沈黙が肯定のように思えて、らのちゃんは思わず声をあげた。

「うふふ、冗談でーす」

「び、びっくりしたぁ……」

「でも、ひらひらでかわいい衣装を着てみたい憧れはありますよね。配信者として」

「あ、わかるー。私も衣装チェンジとかしてみたい……!」

 うんうん、とうなずくらのちゃん。

 しかし、Vtuberともなれば着替えも容易にはできない。らのちゃんは忍術で服を変えることもできなくはないが、それだって安くはない。どろん! と気軽に使えるものではないのだ。

「結局、イラストが一番嬉しいし、お着替えも手軽だよねー」

「そうですね。見てくださる人は本当に嬉しいです。らのちゃんのおかげで、作家の皆さんも配信に来てくださいますし」

「それはべるちゃんの配信が楽しいからだよ!」

「うふふ」

 強く主張するらのちゃん。

 しとやかにほほ笑むべるちゃん。

「しかし、キャラ立ちというのはやはり大事でしょうか。私もなにか……目立つことをしたほうが?」

「べるちゃんは、このラノ上から全部読む……! とか、ラノベ浦島太郎! とか、いろいろキャラが立ってると思うけれど」

「ここはやはりコスプレを?」

「べるちゃん! やっぱりコスプレ、風評被害じゃないよね!? 本当にやってるんじゃないの!?」

「さあ、どうでしょうか?」

 あらあらうふふ、と意味深に笑う軽野鈴。

 やはりちょっと、自分より年上の女性なのかもしれない……と思うらのちゃんだった。

「私としてはぁ……らのちゃんも着せ替えてみたいですけど……ね?」

「えっ、か、過激なのはダメだよ!」

「わかってますよぉ。ふりふり可愛いのとか、逆にキリっとしたのとか……どうですか?」

「う、うう」

 この流れはいけない。

 なんだかべるちゃんに好きにされてしまいそうな予感がある。

「あ、あーっ! そうだ、新刊読まなきゃ。はじサキュまだ読んでないの。それじゃあね、べるちゃん。またコラボしようね」

「そうですね、私もちょっとノクターンを読まないと……」

「べるちゃん! もしかしてお酒はいってる!?」

「まさかそんな」

 べるちゃんは笑う。

 確かにべるちゃんが泥酔して変なことをいうイメージはない――が。

「あ、そうそう。らのちゃん。話が変わるんですけど」

「えっ?」

「ラノベの王女様って、私にも絡んでくれるでしょうか?」

「どうして絡みたいと思ったの! 絡まないなら特に絡まなくていい人だと思います! 私は好きだけど!」

 べるちゃんはくすくす笑っている。

 らのちゃんは大きく息を吐きながら、正直な感想をべるちゃんに伝える。

「べるちゃんは……そのままでもキャラが立ってると、思うよ」

「そう? 嬉しいな」

 べるちゃんはどこまでもペースを崩さない。

 まさか自分が乱されるとは――キツネとしては長生きだが、人間に化けてからは10年ちょっと。やはりオトナには勝てないのか、と思ってしまうらのちゃんなのだった。

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