でんらノベル ~電波ちゃんらのちゃん鈴ちゃん~
「んぎぎぎぎぎ……!」
都内某所のとある本屋――。
そこではわれらが電波ちゃんが、本棚に隠れていた。
彼女の目線の先にあるのは、ライトノベルコーナー――そこで棚を見つめて話し込んでいる、二人の女性である。
(らのちゃん……らのちゃん……どうして!)
二人の女性。
片方はメガネをかけた女子大生。本山らの。今日は完全に外出モードなのか、キツネ耳を隠しており私服であった。
そしてもう一人。
落ち着いた雰囲気の大人の女性。電波ちゃんは知っている。最近、急速にらのちゃんとの仲を縮めているラノベ読み系Vtuber。らのちゃんよりも少し年上の、包容力と落ち着きを持っている……。
彼女こそ、電波ちゃんが最大級にマークしている女性、
(ま、まさかこんなところで会うとは……!)
実は電波ちゃんは都内の本屋を定期的にめぐっている。
ラノベの品ぞろえをチェックし、質のいいラノベを並べている書店をリストアップ、さらにらのちゃんの通学経路、行動パターンを割り出して『らのちゃんと偶然出会う確率の高い書店』を重点的に来訪しているのである。
自分でもちょっとどうかと思うその行動の結果、なんと狙い通り本山らのちゃんと遭遇することができたのだが。
「……んぎぎぎ!」
通りがかったサラリーマンが、電波ちゃんの発し続ける負のオーラを見て、そそくさとその場を立ち去った。
(らのちゃんらのちゃんらのちゃんらのちゃん―――――――!)
電波ちゃんはまったくもってコミュ障である。
数少ない友達であるらのちゃんに執着するしかない。しかし人気者のらのちゃんにとっては、電波ちゃんは数ある友達の一人でしかない。
らのちゃんの大好きなラノベの話ができる女性――すなわち軽野鈴。
彼女こそ、電波ちゃん最大のライバル―――――っ!
「……ぎぎぎぎぎぎぎぎ!」
人を射殺さんばかりの視線を向ける電波ちゃんと対照的に、二人の女性は和気あいあいと話している。
「今日のらのちゃんはなにを買うんですかぁ?」
「はいえっとですね、とりあえずスコップと、ダーウィン先生と……」
「私もダーウィン先生買いますね。ケモ好きなんですよぉ」
「べるちゃん、意外ですね! やっぱり読書の幅広いんですね」
「いえいえ、らのちゃんには及びません」
などと話している。
よくよく聞けば――らのちゃん鈴ちゃんの会話にも、独特の距離感があることは気づいたはずだ。二人は同じ趣味を持っているが、まだ出会って日が浅く、ラノベの読んでいた範囲も若干のずれがある。
同じ趣味を持っているからこそ、その些細な違いを敏感に感じ取り、少しずつ距離を詰めよう、失礼のないようにしよう、それでいて心の底では互いに思いっきり仲良くしたい――そんな付き合いたてのカップルのような、非常に微妙な距離感であるのだが。
むろん、電波ちゃんには届かない。
『大好きならのちゃんと話している鈴ちゃん』その一点でもって、電波ちゃんはらのちゃんに視線を向け続けている。
お願い! 気づいて!
仲良く二人で話しているところに、電波ちゃんが入っていけるはずがない。だがらのちゃんが気づいてさえくれれば!
話しかけてくれれば、三人で憧れの女子会が。
「あら?」
鈴ちゃんが、ラノベの棚から目を上げた。
一瞬、電波ちゃんと目が合う。
(やばっ)
電波ちゃんが慌てて棚に隠れた。そっちじゃない! 気づいてほしかったのはらのちゃんだ。
「鈴ちゃん、どうかしましたか?」
「いーえぇ、なんでもないですよぉ?」
よかった、気づかれてない――。
などと思って、もう一度棚超しに、らのちゃんを見ようとした電波ちゃんであるが――。
(いない!?)
鈴ちゃんが――いない。
「こんにちはぁ」
声は後ろから。
(い、一瞬で背後に――――っ!?)
振り向けば、しとやかな笑みを浮かべた鈴ちゃんが後ろに立っていた。
「さっきからずっと見てましたねぇ。らのちゃんのお友達ですか?」
「い、いや、私は……」
怖い。
知らない人と話せぬコミュ障電波ちゃん。鈴ちゃんが怖い。
鈴ちゃんはただニコニコと笑っているだけなのだが、電波ちゃんフィルターにかかれば
『せっかくらのちゃんと二人きりのデートだったのに、なんで邪魔してくれてるんですかぁこのゴスロリ娘ちゃんはぁ』
となってしまう。
もちろん鈴ちゃんはそんなことは言っていない。
「は、へ、へ……と」
すべて否定して、この場を逃げ出したい。
コミュ障らしい思考をしかけたところで――はたとわれに返る。
今、鈴ちゃんはなんと言った?
こう質問したのだ――『らのちゃんのお友達ですか?』と。
「ひゃ、ひゃ、は……!」
怖い。
しかし、この質問にNoで答えることのほうが、よほど怖い。
「は、はい、らのちゃんの友達……でしゅっ……」
噛んだ。
死にたい。
「あらぁ、やっぱり~。らのちゃ~ん。お友達がいらっしゃいますよ」
「もー、鈴ちゃん、いつの間に消えて……ってあれ!? 電波ちゃん」
「は、はろー」
大汗をかきながらも、電波ちゃんは手を振る。
「えー、なんでー? どうしたのー? ぐうぜーん!」
「そ、そうだね、偶然だね……」
電波ちゃんの内心の恐怖、焦り、克己心など知る由もなく。
らのちゃんは電波ちゃんの手を握り、楽しそうに振る。
そんな二人の様子を、鈴ちゃんが穏やかに見守っているのだった。
そのあとは、大量の本を買ったらのちゃん鈴ちゃんとと電波ちゃんでの三人で、喫茶店に行った。
ひたすらラノベ読みの二人が本を読み始め、電波ちゃんが言葉に困ったのは言うまでもない。
折口良乃のSSまとめ @origuchi-yoshino
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