本山らのと羅野神社
「おかしいな……このあたりなんだが」
俺は、辺りを見回しながら一人ごちた。
「本当にここにあるのか?」
印刷した地図は、縮尺がやや大雑把だ。微妙に周囲の様子を噛み合っていない。
WEBの画像を印刷しただけのものではない、もっとしっかりした地図を用意すれば良かった。
「でかい階段があるって話だったんだが――」
俺は、神社を探している。
その神社は、大変珍しい御利益があるということだ。その効果抜群の利益を目当てに、俺はわざわざ都内の住宅地にまでやってきた。
都内にも神社はあるが、これから行く神社は初めて聞く名前だ。
「お、あった」
地図を頼りに進んでいると、やがて大きな階段が見つかる。
ここはさっきも通った気がするが――見落としたか? 大きな階段なので見落とすということはないと思うのだが、地図にばかり集中して通り過ぎた、なんてことはあったかもしれない。
「えーと、本山羅野神社……間違いねえな」
入口の柱に刻まれた文字を確認してから、彼は階段を上っていく。
「ほんざん? って読むのか? 総本山は寺だよな。まあ、神仏習合とか珍しくないか」
奇妙なのは。
階段の両側に、狐の像が配置されていることだった。互い違いにならぶ狐は、よく見るとどこかとぼけたような、愛嬌のある顔をしている。
「稲荷神社なのか……?」
面白いことに、狐たちは黒く塗られていた。
神社の使いならば白だろう。黒い狐の像というのは見たことがない。
ご利益があるだけあって、なかなか面白い。きっと一つ一つに意味があるのだろうと思った。
ネット上での、有名な話。
この本山羅野神社では――ライトノベルに関するお願いをすると御利益がある、とのことだった。
黒い狐が守護する階段を上ると、鳥居の先に社殿があった。
社殿はなんの変哲もない。ライトノベルの御利益という話だったが、特にそれらしき文言もない。俺は参拝を済ませてから、あたりを見回してみる。
「……誰もいないな?」
参拝客の一人もいない。
せっかく来たのだから、絵馬でも飾ってみようか――などと思い、社務所のほうに足を向ける。
そう、俺はライトノベル作家。
あまりぱっとしない知名度であるが――新刊は随分と力を入れた。売れてもらわなくては困るのだ。だからネットを検索し、ご利益があると言われる本山羅野神社にやってきたのだ。
社務所には――巫女さん? がいた。
疑問に思ったのは、なにしろその女性が巫女さんには見えなかったからだ。
なにしろ黒い和服を着ている。巫女さんといえば白赤の衣装だろう。大きな眼鏡をかけたその巫女さんは美人ではあるが――黒髪の間から、キツネ耳が覗いているのがわかった。
最近の巫女さんは、コスプレもするのだろうか。まあ、ラノベの神社って話だからな。
「あの……」
「…………」
巫女さんに話しかける。
が、巫女さんは返事もしない。理由は明白だった。手に持っている文庫本に夢中なのだ。カバーもしていないというのに、表紙がよく見えない。何故だろうか。
俺にとって、とてもよく知っている本の気がするのだが。
「あのぅ!」
「ひゃっ!?」
強めに声をかけると、巫女さんは飛び上がるように驚いた。
コスプレのキツネ耳が、ぴんと立つ。動くネコ耳が売っていたのは見たことがあるが、キツネ耳バージョンもあったのだろうか。
「あ、こ、こんにちは。すいません、読んでた本がいいところで……お恥ずかしいところを」
「いえいえ」
俺は手を振って笑う。
照れている巫女さんが可愛かったので、こちらこそありがとう、という気分だ。とはいえいつまでも和んでいるわけにもいかない。
「なにがご入り用でしょう? 羅野お守り? 羅野絵馬? それとも羅野みくじですか?」
「んー……ここって祈祷とかやってますか?」
「はい、やってますよ! ラノベのお祈り限定ですけど!」
つくづくニッチな神社である。
巫女さんは一枚の用紙を取り出した。祈祷に必要なことを書くらしい。見ればPN、作品名、イラストレーターなどを書く欄がある。
それとお祈りの内容も選べるらしい。重版祈祷、コミカライズ祈祷、アニメ化祈祷などなど。新人賞受賞祈祷、書籍化祈祷などというのもあるらしい。
「祈祷料は一律となっております。どれにしますか?」
「じゃ、じゃあ、アニメ化祈祷で」
用紙を書いて、巫女さんに渡す。彼女はそれを見て、うんうんと頷いた。
「承知しました」
琴のような涼やかな声色で、頷く――そしてどこからともなく、大幣をとりだした。神主がばっさばっさ振るアレである。
「それでは祈祷を始めます」
君が祈祷するのか――と言う暇もなく。
さっきまでの少しとぼけた様子はどこへやら。巫女さんの目の色が変わった。社務所越しだというのに、大幣を俺に向けて、何事か唱える。
「斯詠無斯詠無、或不亜舗理主――鳴楼鳴楼、絵武李星――斯詠無斯詠無――……」
不思議な言葉の響きである。
祝詞だろうか。聞いたことがないが、どこか覚えがあるような気がする。
巫女さんは大幣を振りながら、何度もその言葉を繰り返した。呟くとご利益がありそうな気がする。斯詠無!
「はい。これで祈祷は終わりです」
「え――えっと、嬉しいけど、神主さんとかは」
「私が神主ですよ?」
キツネ耳の少女が、可愛らしく小首を傾げるのだった。
俺は――化かされたような感覚をぬぐいきれないままに、ニコニコと手を振る少女に会釈して、本山羅野神社を後にしたのである。
神社の参拝をしてから、2か月が経った。
あれから、ラノベの御利益らしい御利益はない。元々、大して期待していたわけではないのだ。シリーズは二巻目の発売日を迎えたが、これは元々予定していたものだ。
不思議なことに、あれから何度かあの場所を訪れたのだが、本山羅野神社の入り口は見つからなかった。
黒い狐。神主を名乗る少女。謎は深まるばかりだが――。
「二巻、好調ですよ」
「ほ、本当ですか」
担当からの電話に、思わず拳を握る俺。やはりご利益はあったのかもしれない。斯詠無。
「ええ。あの動画のおかげですね」
「動画……?」
「あれ、ご存じないですか。待ってくださいね、今アドレスを送りますから」
編集に教えてもらったその動画を、早速パソコンで開いてみる。
それは、ラノベの紹介動画だった。それだけでもちょっとお? と思うのだが――問題はそこではなかった。
俺の作品を紹介してくれているのは。
本山羅野神社で見た、神主を名乗る少女だったのだ。
「あ、あの子……!」
「お知り合いですか」
「し、知り合いというか……!」
ご利益はあるはずだ。
祈祷した作品を、彼女自身がネットで紹介していたわけだ。ラノベ読み動画配信者。
名前は――本山らの。
「もとやまらの……」
俺は、神社の読み方を、今さら知るのであった。
後にして思えば。
俺が訪れたのではなく、本山らのが俺を神社に呼んだのかもしれない。
あの時、彼女が呼んでいた本は、もしかしたらまだ発売していなかった俺の作品の二巻目だったのか。未来の本を読んで気に入ったから、本山らのは俺に祈祷してくれたのか。
そんな不思議なことさえ考える。
――俺の書いたシリーズの重版が決まったのは、動画を見てから一週間後であった。
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