らのちゃんと電波ちゃん


 その日も、俺は仕事をしていた。

 なんの仕事かって?

 俺はただのラノベ作家。ドリンクバーで何時間も居座って、店員から白い眼で見られようとも気にしない――そんな売れない作家である。

 今日もまた、ファミレスでキーボードを叩いていた。

 だが――今日は少し、ついているかもしれない。

 というのも、隣の席にいるのが、随分と可愛らしい女性の二人組だったからだ。

 一人は和服に眼鏡。和服のスカートが随分短いのが気になる。

 そしてもう一人は、ふりふりのゴスロリを来たロングヘアーの女性だ。

 確実にコスプレだろうが、こんなに可愛いコスプレイヤーもなかなかいないはずだ。

 どんな話をするのだろうか。

 ちょっと気になった俺は、聞き耳を立てることにした。

「………………」

 和服眼鏡の女性は、本を読んでいる。

 表紙をちらりと見れば、俺も知っているレーベルのラノベだった。

「――――――」

 ゴスロリ少女は、ずっとゲームをしている。

 ソシャゲではなく、携帯ゲーム機を持ち出していた。ゲーマーなのかもしれない。

「………………」

「――――――」

「………………」

 いや。

 喋れよ。

 友達じゃないのか? 何故黙り込んでそれぞれのことをしているのだ。

「…………ねえ、らのちゃん」

 俺が心の中で「ネタをくれ!」と叫んでいると、ゴスロリ少女が口を開いた。

「なあに、電波ちゃん」

 すごい名前である。

 ハンドルネームみたいなものなのだろう。らのちゃん、のほうは本から顔を上げずに答えた。

「私たちさ、もう二時間もいるけど」

「そうだね」

「全然喋ってないじゃん?」

「そうだね。私、これ読みたくて」

「もっと可愛い話とかしたほうがいいのかな」

 そうだそうだ。

 女子高生か、女子大生かわからないが、華の青春時代だろう。もっと楽しくおしゃべりをしてくれ。俺にネタをくれ。

「………………」

「らのちゃん!? 聞いてる!?」

「あっごめん、ちょっと良いところで……ビスコがミロで島根がケルシンハだったの」

 言葉の意味がわからんが、とにかく勢いだけは感じた。

「らのちゃん私に冷たくない!?」

「でも……電波ちゃんもゲームやめないじゃん……」

「うう……も、もうすぐボス戦だから……!」

 二人はまた、本とゲームに没頭する。

 仲悪いのか? そんな風には思えないが――どちらかというと、コミュニケーションの下手な二人、という印象だ。

「せっかく二人なのになぁ」

 ぼそりと。

 電波ちゃんのほうが何の気なく告げた。

「そうだね。二人だね」

 らのちゃんも応じる。本を読みながらも、電波ちゃんの話は聞いているらしい。

「でもさ」

「うん?」

「一人でもできることを、わざわざ二人でいる時にするのって……なんか特別じゃない?」

 眼鏡のらのちゃんが、そんなことを言う。

 電波ちゃんは、一瞬虚をつかれたような顔になっていたが――すぐに顔をほころばせた。

「えへへ? そう?」

「うんじゃあ私は島根六塔に戻るから」

「あれ!? あれ!? なんか私、騙されてない?」

「ついでにこの後、ネットの末期戦も読まなきゃなの」

「う、ううう~じゃあ私ボス戦終わらせるから! そしたら一緒にパフェあーんしようね! 百合営業かけなきゃ!」

「営業言わないで」

 よくわからんが――。

 彼女たちは彼女たちで、守るべき世界があるようだ。どう考えても本名ではなかろうし、なにかの活動をしているのかもしれない。

 そんな中、垣間見えた二人の会話に、ちょっと元気をもらったような気がする。

「よーし、俺もやりますか」

 ドリンクバーのお代わりをとってきてから、俺は腕をまくった。

 自分の書いた本が、いつかそこの「らのちゃん」に読んでもらえるように――ついでに俺の本をネタに、二人がもっと話してくれればいいと、ささやかな願いを文章にこめるのだった。

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