らのちゃん電波ちゃんとカラオケ
そこは都内某所のカラオケルームであった。
ゴスロリを着た黒髪少女と、ミニスカ和服を着た眼鏡の少女が並んで座っていた。
「………………」
「………………」
「…………あの、らのちゃん」
「なあに」
「ここ、カラオケだよね」
「そだね」
「……歌わ、ないの?」
「ごめんこれ読みたくて」
言葉通り、ミニスカ和服のらのちゃんは読書を続けている。
ゴスロリの電波ちゃんは言葉を失う。
「…………」
こういう時どうすればいいのか、ひきこもりの電波ちゃんにはわからない。
そもそもどうしてこうなったのか。
電波ちゃんは引きこもりを自称するVtuberである。
しかし一方で、引きこもりの自分を良しとせず、コミュ障改善、社交的な女性を目指す向上心もある。
そんな電波ちゃんには一つの目標があった。
すなわち――カラオケである。
「カラオケ、行きたい……」
こたつに引きこもりながら電波ちゃんは考える。
「カラオケ……友達……」
友達は極端に少ない。特にカラオケに行き慣れている層の友人などは皆無に近い。
こたつの中で電波ちゃんは悩む。
「うーむむむ……」
首を回転させてうなり続ける電波ちゃん。
「みぃ……みみみみみ…………」
悩みすぎて、季節外れの蝉のような声をあげる電波ちゃん。
いや。
「……うん」
答えは出ているのだ。
友達が極端に少ない電波ちゃんであるが――友人はいるのだ。
同じVtuber仲間であるところの、本山らのちゃんである。
「うん」
電波ちゃんはスマホをとった。
らのちゃんは本の虫ではあるが、付き合いはいいほうであり、社交性も――自分よりは――ある。
カラオケに誘えばきっと来てくれるだろう。
アニソンを歌ってもひかないタイプだろう。
電波ちゃんは意を決して、電話をかける。
「あ、もしもしらのちゃん? あのね……」
しかし、電波ちゃんは知らなかった。
その時たまたま、らのちゃんの大好きなラノベの新刊発売日が重なったこと。
それもらのちゃんにとっての注目作がたくさんあったことを。
結果、らのちゃんの荷物には――大量の文庫本が詰まっていた。それをカラオケルームのテーブルに積み重ねて、らのちゃんは黙々と読んでいる。
前にもこんなことあったな――と電波ちゃんは思った。
「ねえ電波ちゃん」
「えっ、な、なにっ」
「ラップできる?」
「ら、ラップ!? よ、YOってやつ?」
「そう。それ」
「わ、わかんないけど……一緒に練習、する?」
「しない」
なんでいつもこの子は梯子を外すのだろう、と電波ちゃんは思った。
「な、なんでラップ?」
「サムライがちょっと」
「サムライ!?」
「いやでもやっぱり難しいよね、ラップ。アベンジャー……」
ぶつぶつ呟きながら、らのちゃんは読書に戻る。
もうどうしたらいいの――と電波ちゃんは泣きそうである。
「ねーらのちゃぁん、一曲くらい歌おうよ」
「歌苦手なの。電波ちゃん歌っていいよ」
「私も苦手だもぉん」
「なんで誘ったの?」
呆れた様子のらのちゃん。
「カラオケ友達と行きたくて」
「うん。来たよ。目的達成」
「うあああんなんか違うもぉぉん!」
「聞いてるから歌いなよ」
読書を続けながら、それでもらのちゃんは話に応じてくれる。
らのちゃんは電波ちゃんのことを嫌っているわけではないのだ。
ただ世の中にはラノベが多すぎて、らのちゃんはそれを読むために一生懸命にならなくてはいけないのだ――ゲームをいくら遊んでも遊び足りない、電波ちゃんのように。
「うー……じゃあ、星の在○処歌う……」
「なにそれ?」
「好きなゲームの曲ー」
ぴぴぴとリモコンを操作する電波ちゃん。
それを横目で見ながら、らのちゃんはぼそりと。
「私もこれ読んだら歌うから」
聞こえないように言ったのかもしれないが。
電波ちゃんは、らのちゃんの言葉を聞き逃さなかった。
「ホントッ!? なになに、なに歌うの!」
「クラ○スとかかなー……」
「うんうん。もうそれ読み終わる?」
「ううん。あと150ページくらい」
「長いよっ! あっあっ始まる……」
慌てて歌いだす電波ちゃん。
そんな様子を見て、電波ちゃんは小さくくすくすと笑うのだった。
らのちゃんは狐のVtuber。
人前で化けるのが得意。
誘ってくれてありがとね、なんて本音は、正直には言わないらのちゃんなのであった。
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