らのちゃんと電波ちゃんと距離感
新年である。
年が明けても、らのちゃんはいつも通り本を読んでいる。
なんと元旦に発売されたラノベの新刊があるので、らのちゃんはこたつに入って早速読み始めているのであった。
「ねえーらのちゃん」
「んー?」
同じこたつに、電波ちゃんも入っている。
彼女はみかんを向きながら――特に白い筋を丁寧にとりながら――らのちゃんに声をかける。
「最近さあ、冷たくない?」
「は?」
「それ! それよ! は? って返事がもう冷たい! もっと優しくして! 登録者数に差がつくほどにどんどん冷たさが増してる気がする!」
「気のせいだよ。ほら、私もともと電波ちゃんに塩対応で定評があるし?」
「百合営業してよ!」
「いま三島が大変なんだよ!」
らのちゃんは逆ギレする。
逆ギレであることは電波ちゃんには察しがついていたが、謎の人物が出てきてしまったために反論を封じられてしまうのだった。
「ていうか、冷たいんだとしたら電波ちゃんのせいだよ」
「え、なんで」
「だってほら、ヤンデレ動画とか出すし……」
「あれはネタだもん!」
ネタなの本当に……? とらのちゃんは思った。
「あの動画、普通に怖かったよ? 折口先生、怖すぎて最後まで見てないって」
「あのモン娘狂いの話はどうでもいいでしょ!」
「そういうとこ! そういうとこがなんか怖いよ!」
電波ちゃんの闇は深いのである。
そこへ行くと、らのちゃんはラノベが大好きなオタクではあるが、深い闇とは無縁の健全な大学生活を送っているのであった。
「うう~、らのちゃんが離れていくぅ……電波ちゃんとはもうコラボしてくれないんだ……」
「同じこたつに入ってるじゃない」
「あぁ♪ そうだったぁ。もう電波ちゃんとらのちゃんは一緒の存在……♪」
「だからそういうとこだよ!」
らのちゃんは音速でこたつの外に出る。
「ちょっとこれから動画の収録あるから、もう帰るよ、電波ちゃん!」
「えっ……もう帰るの? みかん! みかん食べない!」
「いいよ別に……モン医者の動画、時間かかってるから早くあげないと……」
「そんなのどうでもいいでしょ! 折口先生より私を優先してよ!」
この女好き勝手言うな――とらのちゃんは思った。
そう。
こんな風に好き勝手を言い合えるくらいには、二人の距離は縮まっているのである。
しかし問題は、電波ちゃんのほうだった。
電波ちゃんはおそらく、人との距離感を測るのが苦手だ。
つまり彼女には、ゼロと1しかないのだ。関係ゼロと、ほぼ同化するまで懐くのと。電波ちゃんより多少コミュ力のあるらのちゃんはそれに気づいていた。
「あのさ……」
「なっ、なに」
電波ちゃんはおびえている。
1だと思ってものすごく懐いたらのちゃんが、その実関係性がゼロであったと知ることに。
人間関係はそんなデジタルなものでないことを、電波ちゃんだって本当はわかっている。わかってはいてもしかし、0と1の間を認識する手段に電波ちゃんは乏しいのだ。
0と1ではないならなんなのか? それをどうやって証明するのか――電波ちゃんにはわからない。わからないから相手に求める。
それがコミュ障の一端である。
「初詣いく?」
「いく!」
電波ちゃんは即答した。
「それじゃ私の神社ね」
「はっ、だまされた! らのちゃんそれ、家に帰って動画編集するつもりでしょ!」
「そうだよ」
らのちゃんは何の気なしにこたえる。
らのちゃんはよくわかっていた――電波ちゃんに相対するときには、ペースを乱されたほうが負けなのだと。0と1しかない電波ちゃんだからこそ、それ以外のものを見せなくてはならない。
ヤンデレた電波ちゃんは、ネタだと自称する。
しかし本当にそうだろうか――仮に演技であったとしても、その演技の大本は、電波ちゃん本来から出てきたものに他ならない。でなければ自分をさらして、病んだ演技などできるはずもない。
「でも初詣、行きたいでしょ?」
「行きたい! 羅野神社でデビュー祈願したい!」
「じゃあ決まりね」
らのちゃんは静かに笑う。
いずれ電波ちゃんが真に病んだ時は、自分はきっと血なまぐさい解決手段しかとれない。メタル栞で、暴力的に電波ちゃんを押さえつけるしかできない。
だからそうならないように。
なるべく互いの距離感を大事にして、コミュ障の電波ちゃんを見守っていこうと思った。
「行こ行こ! すぐ行こ!」
「ひきこもりのくせに元気ね、電波ちゃん……」
電波ちゃんは満面の笑みである。
らのちゃんは彼女と相対するときだけは、くのいちとしての危うい側面をひた隠しにするのであった。
それこそ、くのいちのとる巧みな距離感なのであった。
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