折口良乃のSSまとめ

@origuchi-yoshino

ドーラ様と腹式呼吸

 そこは、とある洞窟の中。

 一匹のファイアードレイクが、スマホの光でその顔を照らしている。

「うーん……かつぜつ、なおす、検索っと……」

 彼女はドーラ。

 宝物庫で見つけた『すまほ』の多機能ぶりに夢中になり、異世界への配信まで行っている。人間に興味津々のファイアードレイクである。

 本来のドラゴンの姿では怖がられるからと、わざわざ変化の技まで身につけ、今は人間とよく似た姿をとっている。

 そんな彼女の目下の悩みは――。

「うむむ……やっぱり早口言葉か。わし滑舌悪くないじゃろ……」

 滑舌である。

 過去の配信で、すっかり「滑舌の悪いファイアードレイク」として有名になってしまったドーラ。

 もっと流暢に喋りたいと思っているのだが、人間の姿での発音には慣れていない様子。

「どうくちゅ、とか言っとらんからの、わし。このままじゃとまーたチャイカや海夜叉にいじられる……んんん、クレアにでも相談してみるかのう……?」

 スマホを弄りながら、ドーラは自分の悩みを、親友の修道女に聞いてみることにしたのだった。

「そもそもじゃ、わしファイアードレイクじゃから! 人間の体に慣れとらんから!」

 八方ふさがり

 早口言葉もできたから、滑舌が悪いわけではない。ではなぜ。

「日本語なんてただでさえ難しいのに! 人間の体になったばかりなのに! 流暢に喋れとかひどいじゃろーう!」

 洞窟の中、一人逆ギレである。

「むっ、シスターから返信……なになに、声のよく通る方法……? 腹式呼吸? さすがクレアは色々知っておるのう」

 ドーラは早速実践してみることにした。

 背筋を伸ばし、腹部を意識して声を出す。

 ドラゴンの時とは、体の構造がまるで違うので、腹で呼吸するだけのことが難しい。

「あ、あー……マサチューセッツ州! マサチューセッツ州! マサチューセッツ州!」

 言いにくい異世界の土地名を三回言ってみる。

 この言葉は以前の配信で、視聴者から教えてもらったものだ。スマホを片手に読み上げる。

「お、おお……結構、良かったんじゃないかの! かの!」

 ドーラがぴょんぴょんはしゃいで喜ぶ。

 その度に、尻尾も連動してぶるんぶるんとゆれる。

「腹式こきゅー。この調子でどんどんやってみるか。えーと次はバスガス爆発、バスガス爆発、バスがががふッ!?」

 妙な声と共に。

 ドーラの口から一瞬、炎が噴き出した。

「げほっ!? えほっ! な、なんじゃ今の……!?」

 黒煙を吐きながら咳き込んで、自ら起こした現象に戸惑う。

 ファイアードラゴンであるドーラは、確かに炎を吐くことができるが――。

「うっ、げほっ。くしゃみしてうっかり炎を吐くことはあったが、早口言葉でだしてしまうとは」

 人間の体にはまだ慣れない。

「うっかり『すまほ』燃やしたくないのう……腹式こきゅー、封印かのう……」

 しょんぼりしながらも、宝物である『すまほ』と、それによってつながる世界を大事にしたいドーラだった。

「……お茶飲むかの」

 わずかに涙目になりながら飲んだお茶は、少し苦めなのだった。

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