本山らのと星1レビュアー

 彼はレビュアーだった。

 彼はラノベを憎んでいた。

 稚拙な文章、品性のかけらのないテーマ、内容の空っぽなストーリー。

 名だたる名作とは比べものにならない駄作ばかりが店頭に並び、コミカライズされ、アニメ化する。近年は、ネット投稿からのアマチュア作品までが書籍化されていた。

 彼にとってそれらの現象は、どうしても許せないことだった。

「今日買った作品も駄作!」

 彼は怒りをキーボードに叩きつける。

 どうせ読者は星5がついた作品しか読まない。愚かな読者は、彼が星1をつけた作品には寄り付きもしない。

 彼はそれを知りつつ、今日も星1かつ1行のレビューをつけていく。

「エロばかりの駄作、作者の自己満足、名作の劣化コピー!」

 彼は義憤にかられ、正しい行いをしているつもりだった。

 だが客観的に見れば、彼は小さい自尊心を、プロの出版物を貶めることで満たしているに過ぎなかった。

 何冊ものラノベを買い、貶めるために読む行為に、彼にとっての生産性はなかった。

「さて、次の駄作は……」

 暗い部屋で、一人キーボードを叩く手つきは淀みない。

 だが。

 次の瞬間、首筋に冷たいものが当てられた。

「――え?」

「動かないでください」

 女の声だった。それもまだあどけない。

「だ、誰だ……部屋、鍵……」

「私は本山らの。ラノベを心から愛する者です。そして――ラノベを不当に貶める者を暗殺するくのいちでもあります」

 なにを言ってるのかわからなかった。

 だが、首筋に当てられた感触は本物だ。

「暗殺…? ふざけるな、たかがレビューだぞ」

「いいえ、そのレビューだけで、私の愛する作家さんのあり方が歪められてしまいます。私にはそれが許せない」

「……」

「私はラノベが好き。私に面白い物語をくれる作家さんが好き。だから――」

「ふざけるな!」

 彼は振り向いた。

 刃の感触を恐れず、後ろを向けばそこには。

 狐耳と和服の――それこそ、ラノベに出てきそうな美少女がいた。

「ラノベなんざろくなもんじゃない! 軽薄な小説だと読んでいる読者にさえバカにされ、編集はそれしか売れないからとエロか流行り物しか書かせず、アニメ化すれば有名税とばかりに炎上しやがる! なんだ! なんだこれは、俺が、俺が目指したものは、こんなものじゃ――――ッ!」

 彼は怒りに任せ、机にあった紙の束を叩きつけた。

 刃を持ったらのは、舞い散る紙に動じず、むしろふっと微笑んだ、

「では、なぜ?」

「――――っ」

「なぜ今もこんなに、たくさんのプロットを書かれているのですか、先生?」

「もう先生じゃない!」

 彼は挫折した。

 ラノベ作家であった彼は、しかしその後まったく企画が通らず、挫折を繰り返していた。

 もう本は出せない。その意識が、彼をひたすらラノベを貶める行為へと駆り立てていた。

「先生、最初のレビューを覚えていますか?」

「は? 忘れるわけがない! あれだけ褒めてくれたのは後にも先にも」

「先生の処女作にレビューを書かせていただきました。名前は今と違いますけど……」

「え」

 彼の動きは止まる。

 らのは柔らかく微笑んだ。

「私は……先生のこと、応援しています。上手くいかないこと、苦しいことがあっても……また素敵な物語を書いてくださると、信じています」


 気がつくと、夜が明けていた。

 まるで狐に化かされているかのような感覚とともに――彼は気づく。

 彼が今まで書いていた山のような星1のレビューが、綺麗さっぱりと消えていたのだ。

「暗殺……か」

 言葉通り。

 星1レビュアーとしての彼は、昨晩のうちに殺されてしまったらしい。

「書き直すか…プロット」

 彼は机へと向かう。

 レビュアーとしてではなく――自分を喜ばせてくれる読者のために、今こそ再起を図る作家として。

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