なろうの歴史?
いや、二次創作の歴史?
いやいや、ネット小説の歴史!
これがまぁ!
面白くてタメになるのです!
そんな歴史のどこが面白いんだ?
そんなもん知って何の役に立つんだ?
そう思われるのも当然でしょう!
そんなもん読めば分かるって話ですよ。
人はなぜ歴史を学ぶのか!?
『愚者は自分の行動から学び
賢者は他人の行動から学ぶ』
って言うでしょ?
まあ本当の愚者は自分の行動からすら学びませんけど!
要は!
これを読んでおくだけで!
昨今乱立する『なろう系』と揶揄される小説の数々、その理由・原因が見えてくるのです!
これは面白い!
しかも!
あなたが作者なら!
執筆に活かせること間違いなし!
キーワードは『欲望』
さあ!
読んでみて!
めちゃくちゃ流行ってると同時に、めちゃくちゃ嘲笑の対象になっている、「小説家になろう」。
「現実で満たされてない、もてない人が読んでるんだろう」「頭の程度の低い中高生が読んでるんだろう」
「安易な展開の物語ばっかり」
色々言われます。
私も一時期そう思っていました。
でも、ちゃんといきさつがあるんです。
それを丁寧に説明してくれています。
ちなみに私は40代なので、起きた出来事、流行った作品自体は、覚えているものばかりでした。
でもこんな風に、系統だった流れで全然捉えられていませんでした。
作者さんが長年この界隈を愛し続けてきたからだなぁ、と思います。
とてもよかったです。
読みもしないでなろうを笑う人がいたら、この文章を踏まえてお返事しようと思います。
たとえば、今でも、2003年-2009年ごろ全盛期だった Arcadia の捜索掲示板の、原作ごとのスレッド総数を見れば予想が付くと思いますが、まずエヴァ二次の流行期(1998年-2005年ぐらい)とKanon(というか葉鍵)二次の流行期(2003年-2007年ぐらい)では、エヴァ二次の方が、盛り上がりが上でした。それも、圧倒的に、です。Kanonの方が後発なので、Kanonの全盛期と、Kanon全盛期時点でのEVAの盛り上がりを比較すれば、それはKanonの方が上でしょうが。
しかも、Arcadia の捜索掲示板で「戦国 現実 EVA」で検索すれば分かりますが、Kanon が流行り始める前、2002年の時点で「現実→EVA」もの(今で言う異世界転移)が一ジャンルとして確立していました。(「戦国時代+エヴァ小説リンク」という、個人サイトを集めた当時のリンク集で、「現実→EVA」が分類の一ジャンルとして使われている。尚、「戦国時代+エヴァ小説リンク」のページ自体は今も生きています)
しかもEVAの異世界転移や逆行の基本パターンは、神(や、超常の存在として覚醒した綾波レイや渚カヲル)の力で転移や逆行をするっていうものでしたし……。今で言う神様転生ですよね。
主人公魔改造(今で言うチート能力)も、EVAの時点で「とりあえず神になってほぼ全能になったシンジ」や「ルシファーの力を継承した銀髪オッドアイの、原作主要人物に復讐を誓う逆行スーパーシンジ」などが、たくさん、たーーーくさんいました。Kanon の U-1 でも魔改造ぶりでは(中々)スーパーシンジには勝てなかったと思います。
キャラの元ネタがEVAなだけで、EVAじゃなくても成立する作品も、Kanonが世に出た時点で、既に大量にありました。実際、たとえば「戦国時代+エヴァ小説リンク」のEVA小説(ファンタジー)で紹介されている『あやなみ』は、作品解説が【帝国軍少年少佐碇シンジは新造艦の「あやなみ」と出会う。インタフェースにより、人間の心を持ち、10代の女の子にしか見えない彼女。そんなシンジと「あやなみ」の宇宙の長い航海が始まった】というものですが、掲載ホームページ(トップは今も生きている)に行くと、Last Update が1999年です。1999年時点で、沢山の個人サイトで、このように、色々なエヴァ小説が有りました。
ハーレムも、ね……Allの方のLAS(ラブラブ・みんな・シンジ)が一大ジャンルでした……。(Aはオールの場合とアスカの場合が有る)
という訳で、Kanonの立ち位置は、実際は、「EVA(とナデシコ)で作り上げられて完成した典型パターン(主人公魔改造、本編再構築、逆行、ファンタジー、学園、アフター、転生・転移、SF、ハーレム、などなど)を、Kanonが継承し、更に発展させた」という所でしょう。特にファンタジーは、Kanon小説と言えば半分はファンタジーという感じでした。今でも見られる『カノン王国聖戦記』など、EVAファンタジーでは滅多に見られなかった大長編も沢山ありましたね。今のファンタジーのテンプレの雛型は Kanon で出来たと言っていいと思います。
(追記)
ところでテンプレ噛ませキャラ(ネタ)の特徴に「銀髪オッドアイ」っていうのがありますよね。あれ、上にも書きましたけど、元々エヴァ二次のテンプレ主人公でした。昔は実際に格好いい主人公として銀髪オッドアイのキャラ(主にシンジやオリジナルキャラ)が設定される事例も多かったんですよ。それも、かなり妥当な理由が有って。
エヴァ最終盤(劇場版を含む)で、人間の形をした超常の存在として、綾波レイと渚カヲルが居ました。二人の髪は青~銀髪で、瞳は赤色でした。これはエヴァの物語中で、使徒(天使)の力を持っている事を示すキーカラーでした。そして、テンプレのエヴァ小説、特に逆行ものでは、主人公は、綾波レイや渚カヲルに力を貰う等して、元々は人間でありながら、天使や神に近づいた存在になっていました。結果的に、髪が青~銀髪へ、そして瞳は(元々は人間なので片方が)赤色に変化しました。ここに、銀髪オッドアイが完成した、という訳です。で、これが中二心からか更に進化し、痛々しいセリフ等が使われる事も増え、あのテンプレキャラクターが出来た訳です。
やがて銀髪オッドアイというのは、痛々しい主人公のテンプレとして確立し、エヴァの設定が何も関係ない所にまで広がって、今や銀髪オッドアイである理由も分からない謎のテンプレキャラクターとして成立してしまっています。
結局、web小説の源流は、ほぼ全てエヴァにあって、ほぼ全てエヴァで確立していた、という事だと思います。
まさかKanonの話から始まるとは思いませんでした。脱帽です。
(ちなみに泣きゲーと言えば、私は「加奈 〜いもうと〜」ですね)
なるほど、確かに成人指定の美少女ゲームの歴史が
ネット小説に関わっていたというの説には、頷けます。
2000年前後の流れでは、確かプレイヤー層も
純愛系と鬼畜陵辱系とに分かれており、
相容れない存在だったと認識しています。
純愛系では結ばれるヒロインは一人の事が多く、
鬼畜陵辱系では個別クリア後にハーレムルート等が多かったと記憶しています。
たしか前者である「君が望む永遠」においては、
ハーレムルートはバッドエンド扱いになっていましたね。
その後ハーレムが増えたのには、
ラブひなの大ヒットが陰にあったようにも思い出します。
懐かしい話です。
ウェブ小説と二次創作の歴史を振り返りつつ、創作に必要なことを教えてくれる納得の考察です。
書きたいから書く、手っ取り早いから書く、書きやすいから書く、評価されたいから書く、金欲しいから書く、何かにダメージを与えたいから書く。
理由はそれぞれありますが、作者が書く理由を選べる自由があるわけです。
テンプレだから書きたいんであって、テンプレしか書くことを許されないわけでではない。
テンプレで書こうという自由を認めるとそりゃ自由にみんなが書いてテンプレばっかりになる、スタージョンの法則のようにこの世の九割が屑ナノは避けられないので母数を増やせば名作も生まれる、母数は正義。
この論考は、創作の自由の話でもありますよね。
理由は何であれ、書きたいものを書き、読みたいものを読む、そのほうが名作も生まれて文化生活も豊かになる。金銭面でも豊かになれば作家が食えるようになって自由に書きたいものを書き、いいものが生まれてくれるはずです。
ネット文化もそうですが、創作に必要なものは自由だったのだと改めて教えていただきました。
いわゆる「なろう系」というものを完全に理解しているわけでは
ありませんが、近年の出版業界におけるそのジャンルの破壊力は
絶大であり、こういうものを書けない自分は書くべきではなかったし、
書いたものを評価してもらえないからと言って傷つくのは自己責任、
と思っていました。
でもなんだろう、この作品を読み終わって思ったのは、「自分は自分
でいいんじゃない?」ということでした。
「なろう」じゃないものを「なろう」と同等に世の中に浸透させるのは
恐らく一朝一夕には無理なのでしょう。あるべくして、世の願望の形
として「なろう」文化はできあがったのだとわかりました。
いつか「なろう」も歴史として語られる、そんな時代が来るんでしょう
かね。
作者様には感謝の念しかありません。
ネット小説に関わる、カク人もヨム人も。
そのすべてに読んでもらいたい警醒の文です。
嫌悪しているなろう系。いわゆる異世界とか……。
じつは知らないだけじゃないですか?
そんなの知る必要が無い?
何故? 誰に言われたんですか? 親? 先生? 社会?
どこの誰が決めたかわからない良識とか?
くっだらない。
世の中に受け入れられたモノには価値があるんです。
そこから目を背けてはいけない。現実を知らなければいけない。
すくなくとも、カク側の人間であろうとするならば、知らなければいけない。
現実を知らずして、面白いものが書けるでしょうか?
知った上で、どうするかは自由です。でも、知らないというのはいただけない。だから読むべき文章があります。
それが本作品です。必読!!
大変勉強になりました。
特にネット小説の始まりを知れたのは大変大きいです。
確かに2次創作から1次創作への変化を見せたのは、小説家になろうの歴史からだと思います。
私は基本、本屋でミステリー系のものしか読んでいなかったのですが、10年前くらいからでしょうか。ネット小説の書籍化されたものが増えていたことに気づいたのですが、全く手に取ったことはありませんでした。
ですが、自分の知らない所で広がった世界の歴史を読む、この楽しさを筆者様を教えて下さり、大変面白かったです。
ネット小説をこれから書こうと思ってる方、必見です! おすすめさせて頂きます。
Web小説、それは人の欲望を限りなく詰め込んだ万魔殿。しかし、未来への希望が残るパンドラの箱。
いつだって文化というもの、今ではクールジャパンと持て囃されるものが人(書き手、そして読者)の「欲望」という泥の中で生まれ、育まれてきたものだということを意識させられます。
「欲望」を叶えるために積み重ね、そしてコピーされてきた工夫の数々が、今のWeb小説文化を作り上げている。いわば、流行るべくして流行っているWeb小説。「なぜ流行るの?」という歴史と理由を知れば、「なろう系」小説への視点はガラリと変わり、そして「異世界モノ」のその先にある流行も見えてくるのではないか。
Web小説初心者には、目から鱗の話ばかりでした。
読み物として面白く、また資料として分かりやすい、素晴らしいエッセイです。
「好き」は暖かい気持ちで育むものだよ(9話読んで)
これは当事者による一つの時代の記述であって、そういう記述のことを私たちは「歴史」と呼びます。言うまでもなく、私たちは歴史から多くのことを学ぶことができます。一般に歴史といえば、武将がなんとかの合戦で死んだとか16XX年に何とか戦争が起こっただとかを想像するかもしれない。ただ、歴史を本当にやる時むしろ興味深くまた重要なのは、その時代の人々がどのような考えを持っていて、それらの考えがどのように実際の社会に影響を与えたのかということです。
ここに書いてあるのはそれだ。国が運営する公共の図書館には県の地域史の本が連綿と残っているのと同様に、小説投稿サイトにはこのなろう史が連綿と残るべきである。
なろうで消えたのを非常に残念に思っていた。移転で残って本当に良かった。