第3話 ぎじゅつ・かてい? 【デミウルゴスの机上/いんてりあ】

 デミウルゴスは常日頃は、ナザリック外への出張や外交に忙しく立ち働いている。なので、偶にナザリックへと帰還した際は、現在のようにナザリック外への持ち出しを憚られる案件を担当する者達で、執務机の前に列を作り立ち並ぶ。


 近頃、デミウルゴスの執務室の机上には、【大小様々】なはちに植えられた花が飾られている。それは、それまでには存在しなかった、考えられることすらなかった。


 以前のデミウルゴスの執務室には、マジックアイテム【コンティニュアル・ライト/永続光】の灯りはさり気なく辺りを照らすのみ。薄暗くとも、蝋燭の灯りを主な照明としていた。暗視ダーク・ヴィジョンを標準として備えるデミウルゴス達、悪魔としてはそれで事足りていた。そこに不満も不足も誰も唱えるものが居なかったのであるからこそ。大小様々な青白く磨かれた燭台がそこかしこに並び、蝋燭の灯りでもって、そこに浮かぶ苦悶の表情デスマスクを照らし出していた。


 それが今では、マジックアイテム【コンティニュアル・ライト/永続光】本来の明るさに取って代わり、花やかな色とりどりの可憐な花が鮮やかに照らし出されている。


 その鉢はデミウルゴスらしき【チョイス】なのだが、植えられたその花は可憐で、最上位悪魔アーチデヴィルたるデミウルゴスの執務室を飾るのには不似合いだという意見も多くあるのだが、頑なにそれを変えようとはしなかった。その強い匂いを悪魔が嫌っていることもあるが。


「さて、それはどうかな。そういっていられるのは、いつまでか」


 部屋の主人たるデミウルゴスはただ、低くあなどるようにわらうのみ。


   ・・・   ・・・   ・・・


「小父様、お水。持ってきた!」


 執務室へ訪れたのは、小さなリュート。


「やあ、待っていたよ。ただ、今は仕事中だからね」


 いつもなら、デミウルゴスが手ずから水やりを手伝う。だが、今は決裁すべき書類が軒を並べて列をなしている。デミウルゴスは立ち上がり、指をパチリと鳴らす。


「デミウルゴス様、お呼びでございますか」

「ああ、花に水を」

「左様でございましたか。でわ、お花に水を上げましょう」


 リュートは現れたプルチネッラに抱えられ、ちょっとずつ、ちょっとずつ水を足し、高いところにある鉢をプルチネッラの長い手で取ってもらったり。


 プルチネッラは鉢の【正面】に空いた【3つの穴】に指を引っ掛けて水平を意識しながらリュートの正面へと運ぶ。


 その鉢は、天辺を取り払われた大小の差はあれど多種多様な髑髏シャレコウベ

 そこから生えるは、真っ直ぐに伸びる茎を軸に、黄色やピンク、薄紅といった可憐な花を鈴生りに咲き誇る。花の形状が金魚に似た、アンテリナム。別名、金魚草。


 執務室にはそれなりの数の鉢植えがある。中には既に開花を終え、枯れ掛けた鉢もあるが、それらはソファーの前にあるコーヒーテーブルへと運ばれる。


 今、そのソファーには、一人の人間が腰掛けている。

 ロウネ・ヴァミリネン。バハルス属国皇帝に差し出され、帝国からの各種手続きを一手に捌く。

 その目は皿のように見開かれ、真っ赤に血走り、一言一句違えないように文字を追っている。

 まるで、コーヒーテーブルに置かれた枯れた小花の鉢に目を向けないように。


 それが、かつて皇帝の意に逆らい、アインズ・ウール・ゴウン魔導王国の事を、自分の都合のいように解釈をした享楽貴族カンチガイ共の成れの果てだとしても。


 その結果、仕事を仕事と思わぬ享楽貴族には手に負えない事態の末が、燭台であった。今ではさらなる転職を経て、植木鉢の鉢となっている者が多い。


 其の者達の言い分は、「自分は役に立つ人間だから」「側に置いて頂けるだけで結構」「あの皇帝よりも役に立ってみせますよ」との言葉通り、それぞれを役立て必要とされるように凶逝苦キョウイクを施した結果である。


 かつては苦悶の表情を浮かべたままのシカバネを整形し、低温多湿の環境=第一層~第三層で屍蝋と化したものを燭台として再利用していた。だが、姿形ある者は何時か必ず壊れてしまう。不要なモノとなってしまう。プルチネッラは、その不用品を更に再生し、今ではデミウルゴスの執務室の机上を飾るインテリアの一部となる栄誉えいよある職業にまで磨き上げたのだから、本望であろうと常日頃語っている。



 ただ、燭台だったものは・・・リュートが壊したとされている。

 お部屋のお掃除のお手伝いする時に、派手に倒して壊した。


「だって、怖かったんだもん!」


 リュートにとっては、暗くても【動いていれば】全然平気。ただ、暗い所で動かずにじっとしていられると文字通りビックリして倒して、ドミノ倒しにパキポキと・・・ナザリックでは死体は動いて侵入者を襲うのが【常識】だから。動かないのは極少数派。主にインテリア。

 そもそも、ナザリックでは侵入者の死体ゴミは即時リサイクル可能なように徹底管理されるため、リュートの目に留まる事自体がほぼ無い。


 その壊れた代物を手に、謝罪に来たリュートに対し、プルチネッラは悪魔で優しく語りかける。


「おお、たとえこの世にたった一つのモノであれど、姿形あるものわ、何時かわ壊れるが定め。リュート殿、クヨクヨされるのわ似合いません。壊れてしまったのわ、仕方がないことです。お怪我わありませんでしたか?」と、そっと抱きしめ、ぷるぷるとその身を震わせ、慰めたという。



 燭台と植木鉢の作成は、主にプルチネッラ。

 作成に際し、「もぉうぅ! 太っちゃったじゃなぃのぅ!」と文句を口にするニューロニスト。

 ちゅぅう~、と吸い。ちゅぅう~、と燈芯を詰めて脂を注ぎ入れ、火を灯すと目の辺りがぼんやりと灯る。ただ、そのまま燃えてしまったものが多い失敗作だったとか。


 ちなみに、金魚草の蔑称は【悪魔の花】。花が枯れ、種を包む莢が髑髏に似た形状のため。枯れた金魚草は、デミウルゴスの部下たちへの報奨にと望まれることが多いのだとか。


 頭のはち=こめかみ 頭骨で最も薄く脆い部分、眼窩の縁より上、眉の辺りを横切るように割りやすい・・・らしい。

 そのため、主に【鉢】金で守られる。

 頭の鉢を一周するように切り取られ、骨盃として用いられていたこともあるという。

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