第6話 それが、戦うってことだ。

 校庭に仮設テントを組み立て、森で適当に拾ってきた手ごろな大きさの石を組み上げたかまどで夕食の支度をする。

 入れ物が直火に弱いブリキのバケツしかないので、適当に剥がしたトタンの上にバケツを載せて加熱した。


 天井と柱しかない仮設テントには、体育館から拝借してきた暗幕を張って天幕のような状態にする。『本営』とマジックで手書きされた天幕にはパイプ椅子とホワイトボードを持ち込み、作戦会議ができるように整えた。


 信也はひとまずその出来栄えに満足し、夕食の支度をしている少女たちに声をかける。


「以降このグループは3つの小隊に分けることにする。第1小隊は天谷さんの弓道部で確定として、残りの2つの班分けを行う。班員の選別は後に行うとして、まずはそれぞれ小隊長1名、小隊長補佐を2名選出するように」


「もうひとつは先輩が隊長じゃないんですか?」


 雨宮が手を挙げて質問すると、信也は緩やかに首を振って否定する。


「僕は全体の方針を決める。個々の小隊を監督するのは別の人間が望ましい」


「えっと……どうしてですか?」


「単純に僕1人でこの人数の面倒を見ることは不可能だ。だから3つに分けて、それぞれの小隊長に自分の隊の面倒を見てもらう。それともうひとつ。僕の予備を作るためだ」


 信也の言葉の意味を瞬時に理解したのか、天谷の表情が曇る。


『頭が良いと苦労が多いな、天谷さん』


「ああ、先輩もずっと起きてるわけじゃないですもんね」


 一方の雨宮は無邪気に勘違いしていた。年頃の少女としては、こちらのほうがずっとまともな考え方かもしれないが。


「違うよ、雨宮ちゃん。笠松君にもしものことがあった時に、私たちが烏合の衆にならないためだよ」


 「そうでしょ?」と、天谷が信也に同意を求める視線を送りながら、静かに雨宮の勘違いを訂正する。『もしものこと』の意味を悟った雨宮が表情をこわばらせて俯く。


「そのとおり。僕は君たちを無意味に殺しはしないが、いつだって君たちが死と隣り合わせにいることは変わらない。そして、僕だってそれは例外じゃない。僕が死んだ時の代わりが必要だ。だから各小隊長は僕が死んだ時の指揮官代理としての教育も同時に受けてもらう」


 非情とも言える信也の宣告に少女たちは静まり返る。


「それが、戦うってことだ」


 改めて信也は言葉にする。信也たちはサバイバルごっこをしているわけではない。生きるか死ぬかの生存競争をしているのだ。


「わかりました」


 俯いていた雨宮は顔を上げ、毅然とした表情で答えた。


『どうやら1人は雨宮さんで決まりだな。まあ、順当なところか』


 雨宮ならば、人望・行動力・そして今しがた示した意志力において小隊長に申し分ない。雨宮もまたこの非日常において才能を開花させた紛れもない傑物だろうと信也は評価していた。


 あとは当人たちに任せ、信也は本営に戻ってパイプ椅子に背を預けた。今後の方策を考えなくてはならない。


『小隊規模で作戦行動がとれるなら、防衛だけじゃなくて攻勢にも出れる。試してみたいことはいろいろあるな』


 部隊行動の利点とは、とどのつまり役割分担にほかならない。効率的な役割分担を行うことで、より大きな成果を得ることができる。少女たちがその部隊理念を理解できているかどうかも今後を考えれば大切なことだ。


 信也がそんなことをしばらくあれこれ考えていると、天幕の中に天谷と雨宮ともう一人の女生徒が入ってきた。

 特に手入れされていない薄茶色の猫っ毛が肩の辺りでもさもさと揺れ、薄い唇を真一文字に引き結んだ女生徒は、信也を見るなり背筋を伸ばして直立不動になる。


「2年生の三浦秋穂です。この度、第3小隊長に就任しました」


 ぱっと見の印象なら、クラスに1人はいる浮いてる生徒といったところだった。

 しかし、小隊長を任されるからには何かあるには違いない。行事で班長を決めるのとはわけが違う。自分たちの命を預けるということくらいは少女たちにも理解できているはずなのだから。


「三浦さんとはあまり面識がなかったね。自己紹介――特に得意なことと苦手なことを簡潔に頼む」


「はい。改めまして、名前は三浦秋穂。部活は漫画研究部の部長をやっていました。得意なことは絵を描くこと全般と目が良いこと。苦手なことはそれ以外です」


 実にシンプルな自己紹介だった。得意なことがはっきりしているのは良い。特にそれを自己申告できるのはそれだけで長所と言える。それ以外をすべて苦手と断じてしまうのはいただけないが。


『逆に考えれば割り切った運用ができるってことか。それに小隊長を任されるくらいだ。他人から頼りにされるのはそれだけで立派な才能だよ』


 信也は三浦の自己紹介を聞きながら口元を緩める。それに、3人目の小隊長として目が良くて絵が得意な人間が選ばれたという点が大きい。


『なかなかどうして、みんなも部隊編成ってものが理解できてきてるじゃないか』


 どうして3つに分けるのか。その意味を正しく理解できていなければこの人選はあり得ない。


「結構。つまるところあれだ、君も面倒臭いオタクの類か」


「はい」


「またそんな言い方して」


 天谷が溜息を吐く。


 ともあれ、第1小隊は天谷。第2小隊は雨宮。第3小隊は三浦がそれぞれ隊長を務めることになった。今後はこの天幕にいる4人が部隊運営の中核を担うことになる。


「我々が小隊長ということは、笠松先輩は司令官殿というわけですね」


 三浦がどこか嬉しそうに言う。どうも、信也と同じくミリタリー関係を齧ったオタクらしい。


「そうなるね。何事も形からだ、今後は僕のことを司令と呼ぶように。天谷さんも、このメンバーでは構わないが、外では上官として扱ってほしい」


「了解しました、司令官殿」


 いたずらっぽい笑みを浮かべながら天谷が答える。こんな態度ではあるが、もともと上下関係に厳しい運動部の主将なのだから、そのあたりの心配は不要だろう。


 信也の場合は現場で指揮を執るのだから役割上は指揮官でもあるのだが、現状では指揮所が司令部を兼ねているため役職上は司令官のほうがふさわしい。


「では、今後の方針を発表する」


 そう言って信也はホワイトボードに小隊長の名前を書き込む。


「現状、最も練度が高い天谷小隊は兵站を担当してもらう。これには食料、武器、燃料、部隊に関わる物資はすべて含まれる。続いて雨宮小隊は全力で白兵戦連携の練度を高めてもらう。最後に三浦小隊は周辺の偵察を行い、地図を作成してもらう。周辺の地理が把握できてないんじゃ作戦もクソもないからね」


 さらさらとホワイトボードに各々の役割を書き込み、信也は3人に向き直る。


「雨宮さんと三浦さんは以上の点を踏まえて隊員を選出してくれ。特に雨宮小隊は常に最前線に立つ最も危険なポジションだ。出来れば全員志願が望ましい」


「了解です」


「三浦さんは直接戦闘はできる限り避けるように。僕の目の届かないところで勝手に戦闘を始めたりするなよ」


「はっ!」


「それでは解散。夕食後には小隊編成を終えてくれよ」


 信也の言葉で雨宮と三浦が会釈をしてから天幕を出て行った。


「ふう」


 信也は息を吐き、ぐったりとパイプ椅子に座り込む。


「疲れた?」


 天谷が困ったような表情を浮かべ、気遣わしげに信也の顔を覗き込んだ。

 信也は何も言わずに体を引いて天谷と距離を取る。


「ちょっとしゃべりすぎたかな。学校じゃほとんど人と会話なんてしなかったから、少し疲れた」


「笠松君は少し誰かに甘えることを覚えたほうが良いよ」


「いや」


 天谷の言葉を信也は即座に否定する。


「僕みたいな人間が他人に甘えるなんて赦されない。少なくとも僕は赦さない。今の僕はたまたま運が良くてこんな状況にいるけど、本来は社会の底辺に居て然るべきゴミクズだ」


 現代日本において信也は嫌われ者に分類されていた。しかし、信也のことを一番嫌っていたのは、ほかならぬ信也自身だということを信也はよく知っていた。


 天谷は何も言わない。

 触れれば壊れてしまいそうな信也の危うい精神を知ってか知らずか、ただ「またね」とだけ声をかけて、天幕から出て行った。

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