第9話 相変わらず、女の子の弱味につけ込むのがうまいね
「その子たちは?」
囚われていた少女たちを抱えながら出てきた信也たちに、天谷は驚いた様子で声をかけた。
「オークどもに捕まってた現地民だ。先生たちは……ダメだった」
「そう……」
「シン……ヤ?」
信也に抱かれた少女が顔を上げる。
「僕の名前だ。笠松信也。こっちは天谷千冬。君、名前は?」
「セシル。セシル・リリーランド」
セシルと名乗った少女はまっすぐ立つと信也よりも背が高く、女子にしては長身な天谷よりは少し低いといった具合だった。薄汚れた若草色の髪はボロボロで、同じように薄汚れた肌はそれでも白さをうかがわせる。年の頃は信也たちとそう変わらないように見えるが、平坦な天谷とは対照的にその胸元は不相応に豊かだった。
「シンヤたちは耳無しなんだね」
「「耳無し?」」
信也と天谷の声が重なる。当然のことだが、信也も天谷も耳はある。
しかし、頷いたセシルが耳元の髪を掻き分けると、2人とも呆気にとられると同時に言葉の意味を理解した。
セシルの耳は耳朶が大きく上向きに伸びており、その存在を主張していた。
「私たちは森に住むエルフ。この近くに集落があったんだけど、ずいぶん前にオークが襲ってきて男はみんな殺されちゃった。それで、女はみんなここに連れてこられて、毎日、毎日……オークの気が済むまで……抵抗するとひどく殴られて……」
言いながらセシルは涙ぐみ、全身を痙攣させる。
「もう良い」
信也がなだめるように抱き締めると、「ひいぃ……」と引き攣ったような泣き声を上げた。
「ひどい」
天谷が血の気の失せた顔で口元を押さえる。同じ女として、セシルがどんな地獄を体験したのか容易に想像がつくのだろう。
「まさしく害悪みたいな連中だったわけだ。ぶち殺して正解だったな」
「そうだね。死んで当然だと思う」
もとより罪の意識などほとんど無いが、セシルたちを見てほんのひとかけら残ったそれも消し飛んだ。今はただ、足元に転がるオークたちの忌まわしさばかりが胸に残る。
「ああ、良い知らせもある。あの豚ども、しこたま食べ物を貯め込んでた――肉もあった。飲み物も」
「本当?」
沈み込んでいた天谷の表情が初めて明るくなる。
セシルの境遇には同情するが、いつまでも沈み込んでいるわけにはいかない。そう思って信也も話題を切り替えた。
現在、エルフの女たちはひとところに集められ、ケガをしている者は簡単な応急処置を施されていた。手の空いている隊員はオークの拠点に入り、食べ物などを運び出している。
樽の中身も大変惹かれたが、少なくとも現状の人出では運び出すことができなかった。この足場の悪い中50キロ近い樽を持ち運ぶのは現実的ではない。泣く泣く諦め、とにかく持てるだけの食糧を持ち帰ることにする。
「とりあえずこんなところか。戦果としては上々。特に現地の人間とコンタクトが取れたことは大収穫だったな」
「あの、ご主人さま」
食料の山を満足げに眺める信也に、セシルがおずおずと声をかける。
「ん? ああ、それと僕は君の主人じゃない。ご主人さまなんて呼ばれても困る」
「ごめんなさい……あの、私たちはこれからどうなるんですか?」
「そうだな……君たちの処遇については何とも言えないけど、少なくともオークの住処にいるよりはずっとましな待遇を約束しよう。当面、食うに困らない食料も手に入ったしね。解放を望むならこの場で解放しても良いけど、どうする?」
そう言いながらも、信也はセシルたちに選択肢など実質存在しないことを承知していた。オークたちに抵抗できなかったセシルたちが、これから独立して生活することなんて不可能に決まっている。結局のところ、信也たちを頼るほかない。
それでも、信也はあくまでもセシルたちは自由意志で参加したのだと思っていてほしかった。嫌々参加されても使い物にならない。
「シンヤさまについていきます。ほかの子も、きっと納得します」
果たして、セシルは指を組んだまま信也の前に跪いた。
「結構。歓迎するよ、エルフの民」
言いながら信也はセシルの頭にふわりと手を置く。
セシルは初めて表情を崩し、飼い主を見つけた犬のように恍惚の表情を浮かべた。その様子を遠巻きに眺めながら天谷は静かに下唇を噛み締める。ただ、そんな天谷の姿は誰の目にも止まることは無かったが。
――――
「相変わらず、女の子の弱味につけ込むのがうまいね」
信也に同行するよう、仲間を説得しに駆け出していくセシルの後姿を眺めながら天谷が皮肉めいた口調で呟く。
「それだけが取り柄でね」
なじられた信也は自嘲じみた笑みを浮かべながら返す。
「いつも悪いね」
「何が?」
「……いや」
天谷が何も言わないなら、何も言うまい。
「それで? このあとはどうするつもり」
気を取り直したように話題を切り替える天谷に、信也は暫し考え込む。
「そうだな、当面の外部からの脅威は取り除かれた。オーク拠点の周囲にはいくつか獣道めいたものが確認できたし、少なくともオークどもが略奪対象にしている場所がほかにもいくつかあるはずだ。そことコンタクトを取ることが課題になる」
「オークの拠点がほかにもある可能性は?」
「もちろんある。だから捜索の範囲を広げるならそれに見合った人手が必要だ。だからエルフを連れて行くんじゃないか」
「連行とはよく言ったものだね」
当然のように言い放つ信也に、天谷は苦笑する。
信也の公算では、エルフという種族の詳細は今のところ不明だが、森で生活しているということはそれなりに森での生活に順応しているはず。少し訓練してやればこの上ない森林斥候部隊が編成できるはずだった。
現状の三浦小隊もよく働いているが、いかんせん彼女たちはごく普通の女子高生に過ぎない。少しだけそこらの女子高生よりも体力があり、覚悟があり、目端が利くだけの子供なのだ。それこそオーク以上の脅威と出くわせばひとたまりもないだろう。
「優しいんだね」
「優しい? 僕が? 合理的なだけだ。現状、僕にとって人間は最も貴重な資源だ。通常の軍隊であればいくらでも補充が利く資源に過ぎない兵隊が、ここでは最も調達しづらい。だから大事に使ってるだけだよ。補充が利くようになればいくらでも使い捨てるさ」
実際、そうしなければ切り抜けられない場面は遅かれ早かれやってくる。そうなったら信也は迷わず死ねと命令しなければならない。少なくとも信也自身は迷ってはならない。あたら兵を死なせる指揮官は無能だが、兵を大事にしすぎて追い込まれる指揮官はそれ以下だ。
「その時は、真っ先に私に声をかければいい。信也君が苦しまずに済むように、私はいつだってその覚悟を決めておくから」
信也は黙って隣に立つ天谷の顔を見上げる。天谷も黙って信也の顔を見下ろした。
「私は本気だよ」
「わかった。その時が来たらそうさせてもらう」
信也の言葉に天谷は心の底から嬉しそうに笑顔を浮かべる。
「ただし――僕の命令があるまで死ぬな。君の命の使い道は僕が決める。君は今後、自分の意思で自分の命を使うんじゃない」
「もちろんです……司令官殿」
何が天谷をそうさせるのか、信也には全くわからない。
ただ、天谷千冬という少女はどうしようもなく歪んでいて、信也が思っている以上にずっとその立ち位置は信也に近い。藤来のグループを抜けたのも、天谷はもうあの時点で一般人とはかけ離れてしまっていたのだろう。
一つだけ理解できないのは、どうして天谷がこれほど信也に入れ込むのか。信也自身、天谷にこれほど気に入られる心当たりがまったく無かった。
仲間の説得を終え、手を振りながら戻ってくるセシルの姿を見ながら、隣に立つ怪物の存在を信也は静かに考えていた。
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