第10話 僕は君たちの主人じゃない
セシルたちを学校に連れ帰り、とりあえず着るものをと余っていた布でローブのようなものを拵えた。現状では布も貴重な資源なのだが、まともな衣類がなければ人としての尊厳を保つことができない。
「水は自由に使っていい。まずは全員体を洗って、身支度を整えると良い。非番の者は一緒に行って面倒を見てやれ。天谷小隊は僕と一緒に戦利品の確認と分配を行う」
「了解」
信也の指示で何人かの少女たちが着替えを抱えてセシルたちを水浴び場へと連れて行く。それを見送ってから、信也は山と積まれた戦利品の山に手を付けた。
信也が戦利品を確かめ、その項目を隣に立つ兵站担当の天谷が帳簿に書き込んでいく。圧倒的に食べ物が多いが、武器も現状の手製のものより上等なものが揃っている。オークはもっぱら棍棒を利用していたが、一応剣だの槍だのも略奪していたようだ。
「ずいぶん古いね」
「そうだな、時代としては中世から近世ヨーロッパといったところだ。一応製鉄技術はあるみたいだけど、まだまだ質が悪いな」
剣同士を打ち合せながら信也は言った。
「そんなこともわかるの?」
「いつの時代も武器ってのは最先端技術で生まれるものだ。武器を見ればその時代の大体の技術レベルが推測できる。技術レベルが推測できれば生活レベル――文明のレベルも大体推測できるだろ」
「ええ……?」
さも当然といった調子で言う信也に、天谷は当惑の表情を浮かべる。
「しかし、だとすればまずいな。製鉄技術がある時代の戦略は僕たちの世界であればもうそこそこ完成されてる。僕の戦略構想がどこまで通用したものか……いや、それをあらかじめ知ることができただけで収穫アリだ」
笠松信也という人間は、一般生活においてはネガティヴな人間に分類されていた。しかし、それはあくまで一般生活に興味が無いからであって、信也自身は非常にポジティヴな思考回路の持ち主である。前向きなネガティヴと称するべきかもしれない。
信也は常に悪い事態を考える。それを突破可能かどうか検討し、可能であれば突破して、不可能であれば回避する。現代社会の理不尽さは突破も回避も不可能なので諦めていただけに過ぎない。
「とにかく、エルフって連中が使えることをお祈りしよう。あとは、この世界の情報をどれだけ持ってるか。こっちは本当に頼むぜ……」
検品を終えた信也は静かに天を仰いだ。
――――
信也と天谷小隊で戦利品を備蓄倉庫に運び込み終えた頃、水浴び場から少女たちが帰ってきた。身綺麗にしたエルフたちは誰もが目を見張るほどに美形揃いであり、隣を歩く少女たちですらチラチラとそちらを伺っていた。
「鼻の下伸びてるよ」
「僕も年頃の男子だからね」
天谷の冷たい声に軽口で返しながら信也は表情を引き締める。いくら何でも司令官がそんなだらしのない顔では締まらない。
「ご主人さま、服をありがとうございました!」
セシルが代表してぺこりと頭を下げると、他のエルフたちもそれに習った。
信也は軽く溜息を吐いて首筋を揉む。
「僕のことは司令と呼べ。僕は君たちの主人じゃない」
「はい、司令!」
「結構。それじゃあ夕食の支度を始めるから、食事をしながら君たちのことを色々聞かせてもらうことにしよう」
その日の夕食は久しぶりに豪勢な食事になった。薄くスライスした塩漬け肉と、雑穀のスープ。久しぶりに草や木の根とは無縁の人間らしい食事に少女たちのテンションも自然と上がる。
「ああ、味がついてる」
「うう、お肉美味しい……」
思い思いの感想を漏らす少女の傍らで、塩味がこんなにありがたいものだと信也も改めて思い知った。塩辛いというだけで全体の味にまとまりが出る。
「どうした? どんどん食べてくれ。食べた分はしっかり働いてもらうつもりだから遠慮はいらない」
一向に食事に手を付けようとしないセシルたちを促す。
セシルたちは恐る恐る椀に手を伸ばし、一口それを啜ると、堰を切ったように掻き込み始める。咀嚼しながらぽろぽろと涙をこぼし、口々に信也たちに対して感謝の言葉を伝えた。
「おい、しい、です。あったかい食事なんて、本当に久しぶりです」
「よく噛め。消化し切れずに吐いたり腹を下したらもったいないぞ」
「……はいっ!」
セシルたちが落ち着くまではしばらく無言で食事が進み、信也たちも久しぶりの肉を噛み締めた。
しばらくして、ようやくセシルたちが人心地着いた頃を見計らって信也は本題を切り出した。
「突然だけど、僕たちは君たちの世界の住人じゃない。ここじゃないどこかの世界から来た異世界人だ」
信也としてはいささか意外なことに、セシルたちはあまり驚かなかった。
「魔王の影響で世界の境界が曖昧になっているのかもしれません。信也さまたちはきっとその揺らぎに巻き込まれたのです」
「魔王って――マジか」
信也は額に手を当てる。
エルフがいるくらいだから多少ファンタジーなのは覚悟していたが、まさかそんなものまでいるとは思ってもみなかった。いや、想像したくなかった。
「数年前、私たちの世界は魔王から侵略を受けました。この世界にはもともとオークのような生物は存在していなかったのですが、魔王によってさまざまな魔物が送り込まれたのです。そして、私たちの世界は敗北しました」
「負けた?」
「はい。魔王軍の侵略を防ぐことができず、世界のほとんどが魔王軍の手に落ちました。現在は各地で抵抗を続けている反抗軍がいるだけで、我々の住む領土は時とともに狭まっています」
「それでオークどもが拠点を作っていたわけか」
信也はセシルの説明に納得したようにうなずく。
「司令、一人で納得してないで私たちにもわかるように説明してください」
雨宮の言葉に信也は「まあ待て」と手を上げる。
「この世界は『魔王』と呼ばれる存在によって脅かされ、敗北した。その影響が僕たちの世界にまで及び、僕たちはこの世界に飛ばされた。そして、目下のところオークをはじめとした魔王軍の尖兵が各地に橋頭保を作っていて、共通の敵になっている――ということで間違いないか?」
信也の言葉にセシルが頷く。
「その魔王は、私たちにとっても敵なのかな」
「まあ、味方ってことはないかな。ただ、一つ良いニュースもあった。僕の推測が正しければ、この世界も魔王もどうやら大した奴らじゃなさそうだ」
「ええっ!?」
信也の言葉に他の全員が仰天する。特にオークに囚われていたエルフたちの動揺は目に見えて大きかった。
「まあ、あくまで推測だけどね。魔王軍の側がどんな戦力を持ってるのかわからないけど、エルフという一つの種族を滅ぼしかけてるオークがあの程度だ。少なくとも、僕はあの程度の装備とまともな兵隊が揃ってるなら魔王軍とはもうちょっと戦える。それができないレベルに過ぎないってことだ。あとは魔王軍の内約や、この世界の戦術的常識。とにかく何でもかんでも情報が足りない」
信也にとって重要なのは何よりも情報だった。一番恐ろしいのは、この世界のことを何一つ知らないということだ。知っていれば対策できる。対策できるならば最悪の事態は回避できる。
「そういうわけで、どんな些細なことでも構わない。この世界について知っていることがあれば何でも教えてくれ。今すぐじゃなくとも、隊のみんなと暮らしていればおのずとお互いに知らない常識が出てくると思う。その都度僕に報告してくれれば良い」
「わかりました、司令」
その日はそれで解散することにした。一度に多くの情報が出て来ても整理できないし、まだお互いに何が常識で何が非常識なのかも知らない。
お互いを知ること。
それこそが戦略の第一歩であり、根幹なのだから。
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