第11話 なにか、悪巧みをなされていますか。司令殿

 50名ほどのエルフと合流し、信也の部隊は一気に大所帯になった。これによって取れる行動の幅は大きくなり、同時に部隊としては若干身軽さが落ちた形になる。


「エルフって種族は、見た目はほとんど僕たちと変わらないんだな」


 武器が足りなくなったので、新しく武器を制作しているセシルに信也は語り掛ける。


「そうですね。この世界には大きく分けて4つの種族がいます。ひとつは私たちエルフ。樹上生活を送り、一生のほとんどを森の中で過ごします。ほかの種族とはあまり関わらないほうですね」


「なるほど」


 信也の知っているエルフとほとんど差異は無い。


「ひとつはドワーフ。まあ、毛むくじゃらか泥んこか両方か。土の中で一生を過ごす、汚くて野蛮で乱暴な連中です。しょっちゅうお酒を飲んでいて、暇さえあれば穴を掘って、寝てるとき以外は槌を振るっているような連中ですよ」


 心底軽蔑したように皮肉めいた笑みを浮かべ、セシルが説明する。


『まあ、こういうのは大抵相手も同じような感想を持ってるものだけど』


 それは胸の中にしまっておいた。せっかく滑らかに回っているセシルの口にブレーキをかけたらつまらない。


「ひとつはグラスランナー。草原に住んでる種族で、すばしこくて気まぐれな種族ですね。とにかく好奇心が旺盛で、他の種族にちょっかいをかけては迷惑がられています」


「最後が人間か」


 信也の言葉にセシルが頷く。


「司令のような種族は、この世界ではグランドウォーカーと呼ばれています。とにかく数が多いのが特徴で、あっという間に増えます。高い知能を持ち、瞬く間に世界を覆いつくした覇者ともいえます」


「なるほど。そんなグランドウォーカーですら魔族の侵攻を食い止めることはできなかったのか」


「でも、グランドウォーカー以外はまともに抵抗することもできませんでした。私たちの集落も下級魔族であるオークに滅ぼされてしまったわけですし……」


「なるほどね」


 信也はセシルの言葉を聞きながら顎を撫で、情報を整理する。


 つまり、この世界に存在する4つの種族のうち、まともに魔族に対抗できる勢力はグランドウォーカーだけ。ほかの3つの種族は魔族に抵抗することすらままならなかったという。

 しかし、信也はなぜ3つの種族が抵抗できなかったのか見当をつけていた。


「君たちは特別弱いわけじゃない。ただ、ろくすっぽ戦術を行使できなかったからあんなアホに後れを取ることになったんだ。そういう意味では、グランドウォーカーも似たり寄ったりだけどね」


 セシルは理解できないとでも言いたげに小首をかしげる。信也は軽く咳払いし、噛み砕いて説明してやる。


「この世界の情勢がどうなっているのか知らないけど、どう考えても魔族ってのは世界共通の敵だ。だとしたら君たちは一致団結して魔族に立ち向かわなくちゃいけなかった。それなのにバラバラに行動して各個撃破されてどうする」


 4つの種族が手を取り合い、団結し、戦略的に行動できたなら魔族に対抗することもそう難しくはない。少なくとも、グランドウォーカーの知恵と戦力だけで数年は持たせているのが何よりの証左だ。


「僕たちが元の世界に戻るにせよ、この世界で生きていくにせよ、魔王との戦いはどうやら避けられなさそうだ。そうなったら4つの種族による連合軍の結成は必要不可欠になる。さて……どうしたもんかね」


「司令は、魔王と戦うおつもりですか?」


 セシルの不安げな声を聞き、信也はその頭に手を載せる。そうしてやるとセシルは安心したように目を閉じ、黙って話を聞くようになるからだ。


「戦いが避けられそうなら避けるけど、まあ無理だろうね。なら、黙って負けるつもりはない。最大限悪戦して、あわよくばぶちのめす。それだけだ」


「そんなことが可能なんでしょうか。私たちに」


「可能さ。少なくとも僕にはこの世界の誰よりも優れた戦術がある。きっと僕がこの世界に送られた意味があるとすれば、これを使ってこの世界をどうにかしろってことだろう。そうじゃなきゃ死ぬだけだ」


 信也の考えはいつだってシンプルだった。


 良くも悪くも迷いのないそのシンプルな判断力が、非常時において頼り甲斐に見えてしまうこともある。


 セシルもまた、自らの忠誠を捧げた信也という人間の迷いのない瞳に両目を細める。髪を撫でる指の感触をしっかりと胸に刻み込んだ。


「それなら、私は地の果てまでも司令にお供します。この身の一片。血の一滴に至るまで司令のものです。どうか存分にお使いください」


 信也は傍らに控えるセシルをじっと見つめる。一介の高校生に過ぎない信也にとって、一人の少女の人生はやや重い。それでも拾ってしまった。わかっていて拾った。


「なら、君の命は僕のものだ。今後一切、君は自分の勝手で自分の命を使ってはならない。僕が死ねと命じるその瞬間まで死んではならない」


「わかりました」


 セシルが深く首を垂れる。その肩に信也がそっと手を載せた。



――――



 エルフ組が自前の武器を調達し、連携訓練に参加するようになった様子を信也が眺めていると、三浦が頭を掻きながら数枚の紙を信也のもとに持ってきた。


「司令、ちょっとお耳に入れておきたいことが」


「ん?」


 三浦がテーブルの上に広げた紙を見ると、そこには複雑な文様の魔法陣らしきものが描かれていた。


「エルフ連中が使っていたものを見よう見まねで模写したもんですが。どうやら連中、これを使って魔法みたいなもの使ってるみたいですね」


「は?」


 突拍子もない発言に信也は思わず間抜けな声を出す。


 三浦は頭痛を鎮めるようにこめかみを揉みながら1枚の紙を取り、地面に置いてその上に手のひらを重ねる。すると紙に描かれた魔法陣が発光し、持ち上げた手のひらと地面の間に粉々にちぎれた紙くずを舞い上げた。小規模なつむじ風が発生している。


「紙に書いた魔法陣でも発動自体はするみたいですね。連中、これで洗濯物を乾かしてました」


「すぐに連れて来い」


「了解」


 軽く敬礼して三浦はエルフたちを呼びに行く。


 信也は残された紙をじっくりと眺め、改めてその複雑怪奇な文様に唸る。見よう見まねでこれが模写できるという三浦は、なるほど『描く』という分野において抜群の才能の持ち主なのだろう。


 三浦に連れられてきたエルフは何かやらかしたのかと不安げな表情でおどおどとしていた。


「そんなに緊張しなくていい。これはどういうものなんだい?」


 信也は三浦が模写した魔法陣をエルフに見せる。


「えっと、魔法を発動するための魔法陣です。マナを触媒にして魔法を発動するための手順が描かれています」


 そう言いながらエルフは外周部に描かれた文字のような部分を指差す。


「この部分が属性。この部分が出力を示していると言われています。私たちも集落に伝わっているものをそのまま使っているだけなので詳しいことは何とも……」


「その魔法ってのは、この世界では当たり前に使われているのか?」


 信也の言葉にエルフは軽く首を振る。


「いいえ。えぇと、魔法を使うためにはマナを現象に変換しなければならないんですけど、そのためには術者の体を触媒にしなければいけないんです。でも、体質によってはマナの変換効率が悪くて魔法自体が発動しません。というか、発動できる体質のほうが稀です」


「人の体がフィルターになってて、マナとやらが外に出てくるまでに減衰してしまうわけですな」


 三浦がオタクらしく訳知り顔で頷きながら解説する。


 信也は顎を撫でながらじっと考え込む。


「魔法陣をいちいち用意しないと発動しない。発動したとしても大した威力じゃないから直接兵器としては運用されていない。でも、あらかじめ紙に描いたものでも発動自体は可能――か」


「なにか、悪巧みをなされていますか。司令殿」


 三浦は心底嬉しそうに満面の笑みを浮かべて信也の顔を覗き込む。


 信也は三浦の顔を押しのけ、口元を歪めた。


「次の作戦目標が決まった。ドワーフたちを仲間に迎えよう」


 信也の言葉に三浦は嬉しそうに敬礼して見せ、エルフは心底嫌そうに端正なその表情を歪めた。

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最果ての学園~征服者たち~ 稲岸ゆうき @inagishi

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