第7話 君たちが僕を司令と仰ぐ限り

 小隊長による班分けが行われ、三浦小隊は連日の偵察任務。雨宮小隊と信也は本格的な小隊連携訓練に勤しんでいた。


 現状、信也の部隊は僅かな歩兵と弓兵しか保有していない。それでも使える弓兵がいるだけ、素人同然の歩兵だけで戦うよりはずっとマシだと信也は考えていた。喫緊の課題として、歩兵の練度を上げることが戦力の底上げに直結する。


 班分けを行う以前から行われていた基礎訓練によって、隊員たちの体力はほぼ信也が求める水準に達しつつあった。先日のオーク迎撃戦によって実戦経験を積んだことにより、『敵を殺す』という最大の問題もクリアすることができた。



 ――――



「付近の森の捜索を行う過程で、オークどもの拠点と思われる施設を発見しました」


 そんな具合に数日が過ぎた頃、信也が待ち望んでいた情報が三浦からもたらされた。


 本営のテーブルに広げられた地図には三浦の手によってかなり詳細な地形が書き込まれており、範囲がまだ狭いことを除けば市販されている地図に見劣りしないものが出来上がりつつある。

 その1点に、三浦がマーカーを置く。信也たちがいる校舎から1キロほど西に進んだ地点だった。


「2度にわたる襲撃失敗によって戦力を消耗しているらしく、表から見る限りでは敵の規模は先日の襲撃と同程度。拠点の周囲をうろつくばかりで、こちらに対する攻勢の準備が行われている様子はありませんでした」


 信也は指を組んで深く考え込む。


「拠点の構造は? 外観だけで構わない」


「拠点の辺りに崖があり、それをくり抜いた横穴式の住居だと思われます。入口に松明があったので、火を扱う程度の知能は持っているようですね。内部構造までは完全に把握できていません」


 三浦の報告を聞いて、信也の口元が吊り上がる。


「そうか、なら攻略は簡単だ。出入り口で待ち伏せして、出てくるオークどもをモグラ叩きしてやれば良い。横穴式の拠点っていうのは作るのは楽だし住む分には問題ないが、防衛にはまるで向いてないからね」


「入り口で火を起こせば一網打尽にできるんじゃない?」


 天谷の言葉に信也は首を振る。


「うん、そっちのほうが簡単だけど、それだと中身がまるで使い物にならなくなる。オークどもが僕らを襲ってきた時、男は手っ取り早く殺されてたけど、女はすぐに殺さなかった。たぶん、繁殖が目的なんだ。それなら拠点の中にオーク以外の女がいる可能性がある」


 淡々と語る内容に雨宮たちの表情から血の気が失せる。彼女たちにとって、転移した直後のどさくさでオークどもに蹂躙された出来事はまだ過去になっていない。

 信也にとっても、オークに蹂躙され続けている女たちが使い物になるかはわからない。それでも原住民が捕まっているなら貴重な情報源になる可能性がある。


「だから、オークだけを殺す。後顧の憂いを断つためにも、根絶やしにする」


 断固とした口調で信也が言うと、天谷たちも神妙な面持ちで頷いた。


「全員集めてくれ。作戦内容を伝える」


 ついに、この世界に迷い込んで以来の仇敵との決着が近付いていた。



 ――――



 校庭に集まった少女たちの顔ぶれを眺め回し、信也は咳ばらいを一つした。


「三浦さんたちの活躍により、オークどもの拠点を発見した。明朝、僕たちはこの拠点に総攻撃を仕掛け、これを撃滅する。君たちのほとんどが、あの豚どもに乱暴されたことは知ってる。だからこそ、君たちは自身の手で奴らを根絶やしにしなければならない。奪われた誇りを取り戻すために」


 静かな調子で語りかける。


「武器はある。戦術も与えた。あとは君たちの意思だけだ。あの憎き豚どもをぶちのめし、根絶やしにするという強い意志だけだ。この戦いは僕たちがこの世界で生きていくという意思を示す第一歩となる」


 意図的に、語気を強めていく。

 少女たちの表情に力がこもっていくのを感じる。


「殺せ。君たちの敵を殺せ。ほかの何者でもない、君たち自身の未来のために、君たちの敵を討て!」


「はいっ!」


 信也の体を震わせるほどの気迫を乗せ、少女たちが一斉に応えた。


 少女たちを解散させ、信也はその姿を見つめながら翌日の戦闘に思いを馳せる。シミュレーションではそんなに苦戦はしない。それでもいざとなれば何が起こるかわからない。出来れば、こんな序盤のつまらない戦闘で死人を出したくはなかった。信也にとって、人間こそが替えの利かない最も貴重な資源なのだから。


 そんなことを考えていると、天谷が信也の傍にやってくる。


「演説も上手だね」


「茶化すなよ」


 天谷の言葉に信也はかぶりを振る。


「それっぽいこと言っただけだ」


「そんなことないよ。私も聞いてて、やってやろうって気になった。信也君は人の上に立つ才能があったんだよ」


 いつの間にか、天谷は信也のことを名前で呼ぶようになった。

 しかし、信也は意図的に触れなかった。ただ自虐的な笑みを浮かべる。


「本当の僕はこんな状況になって他に頼るもののない君たちの弱味に付け込むだけの卑しい男なんだ」


 天谷はしばらく黙って信也の言葉を聞いていたが、突然信也の手を両手で包むように握った。ひんやりとして柔らかな少女の手の感触に、思わず信也は手を引っ込める。


「私のこと、怖い?」


「いや」


「潔癖なんだね」


 天谷は悲しげに長いまつげを伏せる。


「信也君は信也君が思うほど汚れてもいないし、私たちもきっと信也君が思うほどきれいなんかじゃないよ。だからそんな風に自分を卑下して生きる必要なんて無いよ。ここはもう、日本じゃないんだから」


 信也は両手をズボンのポケットに突っ込み、真一文字に口を引き結ぶ。頭の中ではグルグルと天谷の言葉が巡っていた。


「僕は僕のことが嫌いだ。それでも、せっかくのチャンスを棒に振るほど達観してもいない。この世界で、僕は僕なりにやっていくつもりだ」


 そう言って、天谷の端正な顔をじっと見る。


「君たちが僕を司令として仰ぐ限り」


「そう……」


 天谷は頷き、そっと笑みを浮かべる。


「頑張ろうね」


「ああ」



 ――――



 天谷千冬が笠松信也に興味を持ったのは、桜が開き切る前の入学式の日。


 自分が整った顔立ちをしているのは自覚があったし、その上で勉強もスポーツもそこそこできればそれこそ男はいくらでも言い寄ってきた。


 それでも、天谷は自分に言い寄ってくる男が誰も彼も自分と同じように空っぽであることを知っていた。生まれつきそこそこ顔が良くて、なんとなく今までの人生がうまくいってしまっているだけのつまらない人間。

 クラスで友達に囲まれていても、退屈で仕方なかった。どうしてこうも自分はつまらない人間なのかと心底失望していた。


 そんな中、信也と出会った。


 どう見ても信也の人生は順風満帆ではなかった。

 しかし、天谷から見れば評価されるべきは信也のように情熱を持って何かに打ち込める人間だった。それなのに、評価されるのは天谷のように『たまたまうまくいっているだけの人間』ばかり。


 それを思うたび、天谷の胸はかきむしられる。


 ほかならぬ信也も、天谷自身ですら、そういうものだということを知っていたからだった。


『クソくだらないこんな世界、滅んじゃえば良いのに』



 そんな天谷の願いは、思わぬ形で叶うことになる。

 皮肉なことに、つくづく天谷千冬という少女は全てが思い通りになってしまう星のもとに生まれたのだ。

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