第3話 つくづく損な性分だな

 藤来を筆頭とするグループは校内に備蓄されていた食料などを集め、着々と生活基盤を整えつつあった。


 学校という建物はそもそもが災害避難所であり、孤立してもしばらくやっていけることが想定されている。頑丈で物資の備蓄もそこそこある学校の校舎ごと転移したことは、子供しか生き残らなかったということを差し引いても不幸中の幸いと言える。


 一方で、信也を筆頭とするグループは朝から晩まで来るべき戦いの日々に向けて装備の充実や基礎体力の向上に明け暮れていた。

 信也はオークが近々体勢を整えて襲来してくることが当然だと考えていたし、そうなった場合、素人の寄せ集め集団ではまともに戦えないことが目に見えていた。しかし、その一方で信也としては現状の人員でもあの程度の襲撃なら十分に退けられる確信があった。


「先輩は、どうしてあの化け物と戦えると思うんですか?」


 走り込みを終え、倒れ込んでいる生徒も多い中、比較的余裕のある雨宮が信也にたずねる。雨宮は陸上部に所属していたので、基礎体力がほかの生徒とはまるで違う。単純な体力だけなら、比較的アクティブなオタクに分類される信也をも軽く凌駕していた。


 信也は汗を拭きながら、他の生徒にも確認させたほうが良いだろうと考え、改めて全員を集める。


「僕があの豚の化け物――仮にオークと呼称する敵と戦えると確信する根拠は主に2つ。ひとつは、オークは単体ならばそれほど驚異的な存在じゃない。力は僕たちより強いけど、動きは緩慢で守備力に優れているわけでもない。基本的に、戦闘においては頑丈なほうが有利だ。こちらの攻撃が通じない相手だと、そもそも戦闘が成り立たない。その点で、オークは十分に撃破可能な敵ということになる」


 全員が信也の言葉に耳を傾けているのを確認して、話を続ける。


「そしてもうひとつ。オークは戦術行動を取らない。知能がどの程度かは不明だが、少なくとも戦術という点においては群れを形成する野生動物と変わらない。まともな戦略も戦術も持たない大群なんて、戦術的に動く少数精鋭の敵じゃないことは歴史が証明してる。だから僕は君たちに戦術を学ばせる。君たちが僕の戦術を完璧に遂行できるなら、無能な化け物がどれだけ襲ってきたって負けはしない」


 問題は、この少女たちが信也の戦術を遂行できるレベルに到達するのが先か、オークの襲来のほうが先かということ。しかし、信也はあえてその点は伏せた。不安材料をあらかじめ与える必要はない。


「そんなに違うものなんですか?」


 少女の一人が手を挙げて質問する。


「そうだな、例えば相手が1000人。こちらは100人だったとしよう。普通に戦えばこちらが惨敗するのは明らかだけど、もしも相手がバラバラに攻めてきたとしたらどうだろう? 10対100の戦いを100回なら間違いなくこちらの勝ちだ。それを相手に押し付けるのが戦術ってわけだ。人間同士ならお互いに有利な状況を相手に押し付ける戦いになるけど、相手がバカならこっちが一方的に押し付けることができる」


 いったん言葉を区切り、勿体つけるように口元を歪ませてみせる。


「君たちがバカじゃなければ、まあ、バカの相手をするのにビビる必要なんて無いってことさ」



 ――――



「先輩、大変です!」


 3日ほど訓練を続けた頃、信也が図書室で調べものをしているところに血相を変えた雨宮が飛び込んできた。


「どうした」


「それが、何人かの生徒が午後の訓練をボイコットするって言い出して……」


 申し訳なさそうに報告する雨宮の言葉に信也は頭を抱える。遅かれ早かれ文句を言いだす生徒がいるとは思っていたが、あまりにも早すぎる。

 信也たちの訓練は部活のそれとは違って過酷を極める。命懸けの戦いを切り抜けるための最低限だと信也は考えていたし、実際にほとんどの生徒がついてきていたのだが、ここにきて不満を爆発させる生徒が現れ始めてしまった。


「わかった」


 雨宮に連れられ、不満を口にしている生徒たちの説得に向かう。

 しかし、事態は信也が想像していたよりも深刻だった。


「君たちもさ、あんなクソオタの言うこと聞いてこんなシンドい訓練ばっかりさせられるのは納得いかないんだろ? 今からでも遅くないから、オレたちのほうに来なよ。あのサイコ野郎は化け物どもとやり合うつもりらしいけど、実際はそんな必要無いって。この校舎の中に居れば安全なんだからさ」


 そう少女たちに話す藤来の姿を見て、信也はつくづく藤来という男とは合わないと確信した。


「確かに、校舎に立て籠もっていれば当面の安全は保障されるかもしれない。だけど、それは救援が来る場合に限った話だ。この世界に僕たちの知り合いはいないし、助けも来ない。そんな状況で籠城すればいずれ立ち行かなくなって枯渇するのは目に見えてる」


 信也の言葉に、藤来が心底不愉快そうに表情を歪ませる。


「なぁ、クソオタ。全員が全員、お前みたいなサイコパスじゃねーんだよ。戦う以外にも道はあるかもしれないだろうが」


「話し合いの余地があるなら僕もそうする。藤来君は言葉も通じないあのオークとどうやって話し合いをするつもりなんだ。戦うのが怖いからとりあえず立て籠もるなんてのは、問題を先送りにするだけで何の解決にもならない」


「ざっけんな! オレはみんなの安全を考えて行動してんだよ! お前みたいに無責任にみんなをそそのかして戦おうとするほうがよっぽど無謀だろうがよ!」


 頭痛を感じながらも信也が反論しようとすると、藤来にそそのかされていた少女たちがおずおずと信也の前に進み出た。

 その表情を見て、信也は言葉を呑み込む。すべては無駄なのだと悟ったからだった。


「ごめんなさい、先輩。でも、私たちみたいに半端な気持ちのやつがいたら、きっと迷惑だと思うから……」


「そうか……わかった。気が変わったらいつでも戻って来てくれ。僕は、一度やると決めた君たちの覚悟を信じる」


「ごめんなさい」


 改めて頭を下げ、何人かの少女たちが勝ち誇った表情の藤来に続いて去って行く。

 その背中を見つめながら、信也は人知れず奥歯を噛み締めた。


「先輩……」


「普段の行いが悪いと、こういう時に人望の無さが身に染みるね」


 自嘲じみた口調で言う信也に、雨宮は言葉もない。


「そんなことないよ!」


 消沈する信也たちの雰囲気を切り裂くように、よく通る声が響く。驚いた信也が声のほうに視線をやると、30人ほどの生徒を連れた天谷がにっこりと笑みを浮かべて立っていた。


「天谷……さん?」


「天谷千冬以下弓道部30名、笠松信也君のグループに志願します」


「どうして」


 状況が呑み込めない信也は、ただただ茫然とする。


「こっちのほうが生き残れる可能性が高そうだと思っただけ。弓も矢も少しだけど持ってきたから、きっと役に立てると思うよ」


 そう言いながら袋に包まれた自分の弓を掲げてみせる。


「それに、やっと笠松君がやる気になったんだから」


 その言葉を聞いて、信也は大体の事情を察した。


 世話焼き体質の天谷は、信也がずっとやる気を出さないことにやきもきしていた。異世界に転移したことで、水を得た魚よろしく動き出した信也を見て喜んでいるのだろう。


「つくづく損な性分だな、天谷さんは」


「お互い様でしょ。私は私で守りたい子たちがいる。笠松君はその方法を教えてくれる。ウィンウィンじゃない」


「結構」


 ニッと笑ってみせる天谷に、信也も口の端を吊り上げて頷いて見せる。

 なんにせよ弓道部の合流は喜ばしい。近代兵器としては時代遅れの和弓でも、信也たちにとっては貴重な遠距離武器だ。それも高校生レベルとはいえ全国クラスの腕前を持つ天谷を有する精鋭。


 貴重な弓兵を得たことで、信也の部隊構想はまた一歩前進したことになる。

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