第5話 必ず這わせてやる。でも、それは今じゃない

 オークの襲撃を難なく退けた信也たちは、あちこちに転がっているオークの死体を集めて校庭に大きめの穴を掘ると、死体を次々にその中に放り込んだ。


「ふう、結構重労働だね」


 最後の死体を穴に放り込み、天谷が額の汗を拭いながら言う。普段から薄化粧なので肉体労働をしてもあまり外見が損なわれないのは美人の特権といったところか。


 オークの体重は体感で80キロ程度あり、当然のことながら一人で持ち運べる代物ではないので何人かで引きずることになる。これがなかなかに重労働だった。


「死体を放置しておくと景観が損なわれるし、どんな病気が発生するかわからないからね。地球ならともかく、ここは異世界なんだ。どんな未知の病気があるかわかったもんじゃない」


 そう言いながら信也は死体に土をかぶせていく。


「なるほど。ゲームじゃないんだから勝手に消えてなくなったりしないもんね」


 感心した様子で頷く天谷に、信也はやや意外そうな表情を浮かべた。


「天谷さんもゲームなんてやるんだね」


「漫画も読むし、ゲームだってやるよ。優等生はそんなことしないと思った?」


 信也の言葉に天谷はいたずらっぽい笑みを浮かべて答える。


「自分で言うかね」


「ふふ。それはともかく、これは焼かなくて良いの?」


「うん。焼くと結構においが出るし、使えなくなるからさ」


「使う?」


 信也の不穏な言葉に天谷が眉をしかめる。予想通りの反応が返ってきたと言わんばかりに信也は口元を吊り上げた。


「せっかく手に入ったものは何でも使う。補給線の無い僕たちにとっては敵の死体だって貴重な物資だ」


「まあ、食べるとか言い出さない限り私は何も言わないよ。専門家にお任せする」


「いよいよ食うに困ったら考えることにしよう。基本豚肉とそんなに変わらないだろうし、この世界じゃ案外上等な食べ物かもしれないよ」


「ゾッとしない想像だね」


 自身を抱き締めるように両腕を回し、天谷が軽く身震いする。


「でも、いよいよとなったら私も誘惑に勝てる自信が無いよ」


『素直で大変結構』


 冷めた視線を送りながら信也がそんなことを考えていると、校舎のほうから雨宮が慌てた様子で走ってくるのが見えた。

 雨宮は機動力があり、比較的信也に懐いているので他の少女たちから伝言を頼まれることが多く、最近ではもっぱら少女たちと信也の橋渡し役となっている。天谷をはじめとした彼女たちの働きによって無意味な衝突を避けることができる。


「先輩! 大変です!」


「大変な内容を報告してくれないとわからないよ」


「またそんな意地悪な言い方して。どうしたの?」


 天谷がやんわりと信也をたしなめ、雨宮に報告を促す。


「えっと、藤来先輩たちのグループが校舎に立て籠もって、私たちが締め出しを食らってるんです。食べ物とかも中に置きっぱなしだからこのままじゃ困るってみんなが騒いでて……」


「またあいつか……」


 雨宮の報告を聞いた信也は額に手を当てる。


「この切羽詰まった状況で内輪揉めを起こそうとする神経がまったく理解できないよ」


「ま、お互い様じゃないかな。藤来君にしてみれば私たちのほうが好き勝手やってるように感じてるわけでしょ」


 天谷が肩をすくめながら言うと、それを聞いた信也は軽く笑う。


「お互い自分が大将じゃないと気が済まないところも一緒か。案外似た者同士なのかもなぁ」


「それ、本人の前では絶対に言わないほうが良いよ」


「僕だってごめんだ」


 言いながら信也はおろおろとする雨宮を引き連れて校舎に向かった。



 ――――



 校舎前では信也のグループと藤来のグループが対峙しており、両者の間にはまさしく一触即発といった空気が流れていた。


『思ったよりも殺気立ってるな』


 信也は少女たちを刺激しないように、努めてゆったりとした態度で藤来の前に歩み出た。


「僕たちは仲間じゃないか。どうして僕たちが校舎から締め出しを食らわなきゃいけない?」


「お前が勝手に化け物どもと喧嘩をおっぱじめたせいで完全に敵対することになった。そんな危険思想の持ち主と一緒に暮らせない。これはオレ個人じゃなく、みんなの総意だ」


 藤来の言葉に、後ろに控えていた生徒たちも頷く。


「そうか、わかった。じゃあもう僕たちは仲間じゃない。そういうことで良いんだな」


 あくまでも静かな、しかし断固とした口調で信也は宣言する。

 ここにきてついに、信也のグループと藤来のグループははっきりと対立することになった。圧倒的に人数の多い藤来のグループが校舎を押さえてしまったのは、もうどうしようもない。


 信也は後ろの少女たちを引き揚げさせ、今後の方策を考えた。


「良いの?」


 天谷が気遣わしげな口調でたずねてくる。これは少女たちの意見を代表した質問だと言える。それに対する信也の答えは決まっていた。


「良いも悪いもないよ。意固地になった子供の相手をしている時間は無い。2回も痛い目を見ればいくらオークがバカでも僕たちのことを『獲物』ではなく『敵』だと認識するはずだ。今のところ藤来たちは大した脅威じゃない。オークどもの殲滅のほうが優先度が高い」


 もちろん、信也だって藤来の振る舞いに腹を立ててはいた。しかし、腹を立てている暇は無い。ここは日本ではないのだから、子供同士で喧嘩している時間は無い。そう考えて煮えくり返る腹の内を抑え込んでいた。


『精々調子に乗ってればいい。必ず這わせてやる。でも、それは今じゃない』


 そんな信也の胸の内を表情で察したかのように、天谷はそれ以上何も言わなかった。


「とにかく、水と食べ物をどうにかしないことには始まらない。ちょっと予定より早いけど、森に入ることにしよう」


「オークは大丈夫?」


「たぶん、その心配はない。いくら何でもこんなにすぐに僕らにちょっかい出してきたりはしないだろう。そう考えると、タイミング的にはむしろ良かったのかもしないね」


「なるほど、そういうことならさっそく取り掛かろ!」


 むしろほかの少女たちに聞かせるように、天谷は手を叩きながら陽気な声を出す。


「助かるよ」


 信也ではこうもうまく少女たちの機嫌を取ることはできない。

 しかし、天谷は首を振る。


「笠松君が引っ張ってくれるから、私も自分のやるべきことがはっきりしてるの。ねえ、忘れないで? 笠松君は、笠松君が思ってるよりもずっと立派な私たちのリーダーなんだから。私はその補佐をしてるだけ」


「……そうかい」


 信也は、天谷千冬という女はつくづく人をその気にさせる女なのだと実感する。


『良いさ。せいぜい乗らせてもらおう』


 藤来がどう足掻いても勝ち得なかった天谷がこうして傍にいる。それだけで異世界に来た甲斐があるというものだった。



 ――――



 信也たちは倉庫に残っていた麻袋を改造して簡易的な背嚢を作り、比較的体力のある生徒たちに背負わせると、それぞれの得物を手に森の中に入った。


 森の中はうっそうと覆い茂る木々に日光が生えぎられ、昼間だというのにどこか薄暗い。どこからか時折聞こえてくる甲高い獣の鳴き声に、気の弱い少女がいちいち体をびくつかせた。


「最優先は真水の確保。次いで薪。最後に食料。生木は燃えないから、乾いた枝なんかが落ちてたらとにかく手当たり次第に拾い集めてくれ。燃料はいくらあっても困らない」


 てきぱきと指示を出しながら、信也は足元に転がっている枝を拾い集めては背嚢に放り込んでいく。薪として使えるかどうかは叩いてみれば音が全然違うのですぐにわかる。


「薪と水は良いとして、食べ物はどうするの? なんか、見たことある植物と見たことない植物が混じってるけど、どれが食べられるかなんて全然わからないよ」


 天谷が見たこともない形状のキノコを指差しながら言う。


「キノコはよっぽどのことがない限り手を出さないほうが無難だ。うっかり中毒死なんてしたら笑えない」


 そう言いながら信也は手近な植物の葉をちぎり、ほんの一口だけ口に含んで噛み締めると、その植物の茎を手折って背嚢に放り込む。


「ほんの一口だけ齧ってみて、刺激を感じたり強い苦みがあるものは基本的に食べられない。そうじゃなければまずくても食べられる。なぁに、ほんの一口なら死にはしないから平気さ」


「それ、本気で言ってる?」


「本気だよ。サバイバルの基本だ」


「うわぁ……」


 ドン引きした様子の天谷をよそに、信也は次々と見知らぬ植物を齧っては食べられるものとそうでないものに仕分けしていく。

 実際問題として、素人が外見で植物を見分けることは非常に困難で、それならばこうして身をもって覚えるのが一番早い。見知らぬ土地ならなおさらだ。


 そこそこ薪と食べ物が集まったところで、信也は水が流れる音を聞きつける。音を辿って木々を縫い歩くと、果たして沢を見つけた。見たところ水は澄んでいて、飲み水として不足はない様子だった。


「念のため煮沸するとして、これで飲み水も確保か。順調だな」


 こうして当面の食糧問題を解消した信也たちは、戦利品を手に意気揚々と学校へと引き揚げた。

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