ひとりとひとりが寄せ集まってまたひとり
- ★★★ Excellent!!!
演劇青年だった英二と小説家志望のさかえ、ふたりが暮らす部屋。
干支ひとまわり分の年の差のあるふたりは大学の同窓生。
前作の「熊本くんの本棚」とすごく良く似ている。
でも「キスをしても一人」の方がコンパクトにまとまりがあって、読後感も明るい。
キタハラさんの作品には舞台とそれを鑑賞する人がよく出てくる。
前作、熊本くんでも夢の中の舞台のシーンが印象的だった。
前作では舞踏、今作では演劇。
舞台の客席で語られる声はどこか心の奥深く、無意識から語り掛けられているような不思議な声だ。いや、全編を通して、語り掛けられているのか、語り掛けているのか、あるいは自らに語り掛ける誰かの声を聞いているのか、わからなくなる。これは前作の熊本くんにも特徴的だった。
創作する、演じることと、作者の距離がきっと近い。降ろして書くタイプの作家さんなのかな、とも思う。
前作の熊本くんのまとっている殻は固く、卵の殻のようだった。
松田くんは卵の薄皮のような皮をまだまとっている。
ふたりとも外に出ようとしている。殻を割って外の世界に出てこようとしている。そんな気がする。物語の中の、かれらの産声を聴いてください。それはもしかすると、あなたの声かもしれないけれども。