静謐な正仮名で描出された幻想の世界。

 新字正仮名の文章がまず素晴らしい。
 新字正仮名の文軆といえば丸谷才一が有名だが、本作は、諧謔にみちた飄然たる丸谷文學とは対蹠的に、神経を麻痺させるような繊細なる内容と相俟って、一種、明治時代の幻想小説――泉鏡花などとはちょっとちがうが――を讀んでいる感覚にいざなってくれる。物語は金魚玉を中枢に、甲羅をもつなぞめいた登場人物のこれまたなぞめいた言動がえがかれている。正直なところ、愚生には高尚すぎて理解できなかった(すみません)。矢張り、著者の美点はその文軆にあり、実際に挑戦するとわかるが、小説全編を正仮名で揮毫するには、いちいち、広辞苑などで正仮名表記を確認しなければならないので、非常に難儀である。その難儀をかんじさせない風格がまた素晴らしい。
 この路線で長篇小説を書くのか、短篇を中心にしてゆくのか。短篇ならば内田百けん風の幻想小説群になるかもしれず、面白そうだ。
 題名は『怖い水満つ金魚玉に満つ』でよろしいでしょうか。