5. 狙撃 — Sniping

 高層塔型建築が建ち並ぶマルドウック市で狙撃ポイントの選択には困らない。

 ミラが選んだのは廃墟と化したラジオ局。マルドウック市の中心部から外れたところにあり、逃走経路には困らないことが最大の理由。標的までの距離は三キロメートルほど。ミラのエンハンサーとしての能力と、RAVENの能力を組み合わせれば十分に射程内。

 戦場でも狙撃ポイントにラジオ局を選んだことがあった。金を持たない一般市民の娯楽は、兵士たちの娯楽でもある。戦場での束の間の休息にイヤホンを片耳ずつさしてオールドヒットを聞きながら、たわいもない会話。あの時話していたのは誰だったろう。きっとサラもいたはずだが、今となっては誰がいたのかも、何を話したのかも思い出せない。


 ミラがここに来たのは、それが自分のやるべきことだと思ったから。

 そして、自分以外にできる人はもう、いないから。 


 夜の帳が下りるのを待って屋上に上がり、銃を構える。冷たいコンクリートの、かつて慣れ親しんだ感触がミラを覚醒させていく。スコープの先にはクリストファーのオフィス。

 もうじき扉を開けてボイルドが現れる。

 引き金に指をそえる。引き金を引いてから着弾まで数秒のラグが生じるが問題ない。ボイルドの動きは頭に入っている。

 来た。

 オフィスの扉を開けて、ボイルドが姿を現す。精悍な、それでいてこの世界の苦痛を自分一人で背負っているような顔。これだけの距離があればポケットに潜む、人の感情を読み取るという万能兵器にも感知されない。疑似重力フロートも、展開されなければ役には立たない。

 ミラは一つ長い息を吐き、そのまま引き金を引く。

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