4. 決断 — Decision
白い中古のクーペを下りるとミラは足早にアパルトメントを駆け上がる。古びた階段を上りきったフロアの隅がクレア・バーンズことミラの仮の住処。
テーブルの上に投げ出されたのは何枚もの写真と調査記録。
ディムズデイル・ボイルド、クリストファー・ロビンプラント・オクトーバー、ドクターイースター。彼ら09法案に従事するものは控えめに言っても精力的に活動している。人命保護のため。自らの有用性の証明のため。
必要なことは全てウィリアムが渡したタブレットに書かれていて、ミラはこの数週間、仮住まいを根城にその確認をしたに過ぎない。タフで強い彼らたちの噂はマルドゥック市に巣食う悪徳—ヤクの売人やギャングたちやさらに強い力を持つ者たちも含めて—の間に静かに染み渡り、彼らにとって考慮せざるを得ない障害になりつつあった。それはつまり、大げさではなく、彼らはマルドゥック市の秩序と正義に貢献しているということだ。
熱いシャワーを浴びながらミラは考える。
ボイルドを殺害することは正しいことなのだろうか?
街の雑踏であどけない笑顔の少年を見かけた。夕暮れ時には港湾地帯で海を見ながら語らう恋人たちを見かけた。ボイルドは09法案従事者たちにとってなくてはならない存在だ。彼が死ねば大げさではなく、市の正義と秩序のバランスが崩れる。そうすればあの少年や恋人は街角から姿を消し、代わりに銃や麻薬、あるいは札束で懐を温かくしたならず者が街を闊歩することになる。それはどう考えても望ましいことではない。
「レイ」
部屋に戻ったミラの声に応じて、窓から一羽のカラスが飛び込んでくる。街中で見かけるカラスより巨大な、ワタリガラス(レイヴン)。レイと呼ばれたカラスは器用にミラの腕にのると一声啼き、そのまま部屋の隅のクローゼットの上に飛び移る。
カラスの止まった腕を確認する。サラの腕。ボイルドの誤爆で死んだ女性の腕。癌細胞と幹細胞から作られた再生細胞の移植により強い自己修復能力を持つようになったその腕は、たちどころにレイの爪痕を消してしまう。しかし、その腕の持ち主との思い出まで消えることはない。
恨みは無い。
あれは戦争だ。なんだって起こり得る。そのことを知らない奴は、あの場には一人もいなかった。
しかし理由ならある。十分すぎるほどに。
「レイ」
再びの呼びかけに応じて、カラスが今度はミラの肩に舞い降り、そのままぐにゃりと姿を変える。
現れたのは小型の狙撃銃。ウィリアムが渡したミラ専用の漆黒の銃<<RAVEN>>。レイが
ミラはデスクに放り出されたままの写真を見つめる。ボイルドの表情のない横顔。
心を決める必要がある。心を決めずにどうにかできる相手ではない。
サラの両手が疼く。
夜の帳がマルドゥック市を覆ったときには、ミラの心は決まっていた。
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