3. 任務 — Mission

「いいか?ボイルドはマルドゥック市のオフィスで09法案の適用者として活動している。信じられるか?爆弾の雨で何人もの命を奪っておきながら、勤勉な一市民よろしく労働に従事しているんだ。許し難いことだ」

 ウィリアムがブリーフィングルームと呼ぶ廃棄された手術室。手術台に置かれたタブレットがマルドウック市の立体図とイースターオフィスを示す赤い輝点を宙に映し出す。唾を撒き散らしながら話すウィリアムの横でミラは自分のものとなった他人の腕をみつめ、握ったり開いたりを繰り返す。

「サラ・フライデイ」

「え?」

「その腕の持ち主さ。奇跡的に上半身は無傷で残されていた。足はメアリー・アイゼンバーグ。ハイスクールでは優秀な短距離走者だった。肉片の一部でも残されていれば軍の遺伝子情報ベースと照合できる。知り合いか?」

 二人とも知っていた。部隊の中でも女性兵は少ないのだから当然といえば当然だ。中でもサラは数少ないミラの友人だった。陽気で明るく、眼の覚めるようなブロンド。恐れ知らずの彼女の、故郷での逸話を知っているのはミラだけかもしれない。またミラの気持ちを他人より少しだけ深く理解していたのもサラだった。

 ミラは再び手を握り、開く。自分のものではないのに、その腕はミラにしっかりと馴染んでいる。


「確かに許せないな」


 ウィリアムの質問に答えず、ミラは呟く。

「そうだろう?だからお前さん、その腕の持ち主に誓って、ディムズデイルに罰を与えなければならん」

「罰?」

「そうだ。ディムズデイルが天から炎を注いだのなら、お前さんは天から弾丸を与えてやれ。お前さんならそれができるだろう。そら」

 ウィリアムが取り出したのは漆黒の狙撃銃。見たことのない型式で、ミラの知っている狙撃銃に比べて随分と小振りだ。

「おもちゃみたい、なんて思っていないだろうな?金属工学と機械工学、さらに生物工学の粋を結集し、お前さんのデータにあわせて作られた逸品だぞ?」

 狙撃銃に生物工学がどう関係するのだろうか。首を傾げながらもミラは銃を受け取る。ウィリアムの言う通り、ミラに合わせて作られたその銃は手にしっくりと馴染む。

「お前さんのIDは用意しておいた。明日からマルドウック市の善良な市民であり好奇心旺盛なジャーナリスト、クレア・バーンズとしてボイルドの周辺を探れ。奴の足跡を辿り、奴の残した言葉を聞き、奴という人間を知れ。奴は疑似重力フロートという能力を使うエンハンサーであり、手強い獲物だ。手強い獲物を狩るには、その生活を知り、その日常を理解しなければなるまい?それが出来たときには既に奴はお前さんの銃口の前に身をさらしたも同然だ。なあにお前さんの身体にも細工をしてある。エンハンサーが相手と言え、有利な位置に立てば遅れは取るまい?」

 ウィリアムは腕をぶんぶんと振り回し、細い身体で熱弁を振るう。ウィリアムはなぜこうまでミラに肩入れするのか。その言葉の裏にあるウィリアムの本心を読み取ろうとするがミラには理解できない。

 ウィリアムはミラの前に三枚の写真を滑らせる。三枚の写真に三人の軍人。ディムズデイルよりも上位階級の軍人であることはその身なりから一目で分かる。

「こいつはプラクティスだ。強大な獲物を狩る前に狩人は銃身を温めるもの。違うか?」

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