ほんとうの願いごと
はじめての外の世界。
鳥かごの外がこんなにも広いなんて思いもよらなかった。
このちいさな翼では飛ぶことなんてできないけれど、この青い空を自由に飛んでみたい、とはじめてそう思うことができた。
お母さんとの旅行先は、山の中にある大きな公園だった。
少し寂れた感じがするけれど、ブランコや滑り台、シーソーにジャングルジムに綱渡りといった、たくさんの遊具で溢れかえっている。
子連れの親が何組もいて、その子供たちと一緒になって遊んだ。時が経つのも忘れ、お母さんと夢中になって遊んだ。
しかし、夢のような時間は、いつまでも続くはずはなかった。
暮れなずむ公園には今や誰もいなくなり、ボクたちだけとなっていた。
公園のベンチに身を寄せ合って座り、赤い夕日を眺めている。
時計を見上げると、時刻は6時になろうとしていた。
鳥に戻る時間だった。
「結局ボクはお母さんに恩返しができなかったのです。十姉妹の風上にも置けない惨めなやつと笑ってください」
彼女はやさしくボクの頭をなぜ、
「こうしてあなたと一緒にいると、もし息子がまだ生きてたら、て。こんな感じに育ってくれるのかな、て。そう思えただけでも私は幸せだったわ。ほんとにありがとう」
お母さんが息子との思い出話を語ってくれた。
この場所は、息子との思い出の場所だったのだ。
「さぞかし聡明なご子息だったに違いありません。お名前はなんておっしゃるのですか?」
「ゆうと、って言うの。その子は私が殺したようなものなの」
そして彼女は、自らの過ちを告解するかのように、その理由を説明した。
ボクは聞いてすぐに後悔した。
もうすぐお母さんとこうして会話も出来なくなってしまうのに、最後の最後でお母さんに悲しい思い出を語らせてしまった。
親不孝とはまさにこのことだ。話を逸らすための言葉が出てこない。
「そうだ、息子の写真見る?」
お母さんはいつもその写真を見て泣いていたのだ。
止めようとする間もなく、彼女は桃色の財布の中から古ぼけた写真を取り出し、
「これが、私の息子よ」
――ッ!
その写真を見たとき、体に稲妻が突き抜けるような衝撃に襲われた。
そしてそのあと、すべてを思い出していた。
神様にお願いして、この世界に戻ってきたこと。
神様に、お母さんにひと目でいいから会わせてほしいと願ったこと。
神様は言った、試練を乗り越えることができたら、一度だけ会わせてやると。
偶然じゃなかった。
ボクは、試練を乗り越えるために生まれ変わり、この世界にやってきた。
その試練とは、小鳥になって三年間暮らすこと。
ボクは、小鳥に転生させられた、ゆうとだ。
「最後までこの子のわがまま聞いてあげれなかった。自分のことばかりで、何もしてあげれなかった。亡くなる前の日に、お母さんたちと行った思い出の場所に行きたいって言ったのに、私は、病気を理由に連れて行かず自分がしたいことを優先させた最低な母親なの」
それでも、こうして連れてきてくれた。
「酷い母親ね。恨まれて当然だわ」
「恨んでないよ!」
涙が頬をつたった。
ずっと、ずっと会いたかった。
「ピ、ピーちゃん……?」
空を見上げる。
あとはボクとの約束を守る番だね。ボクはちゃんとした姿でお母さんに、
会いたいのだから――
そのとき、空から洪水のように光が降り注いできた。
お母さんが光に包まれたボクを見て目を塞ぎ、必死になってボクの名前を叫んでいる。
やがて光が収まり、
「ママ」
彼女は、塞いでいた手をゆっくりと下ろし、ボクを見る。
「……ゆ、ゆうくん」
ありがとう神様、約束を守ってくれて。
「僕ね、ママにもう一度会うために、この世界に生まれてきたんだ」
彼女が恐る恐る僕の頬に触れる。
「あのね、ママ」
ずっと伝えたいことがあった。
「僕ね……今でもママのこと、大好きだよ」
「ゆうと!」
ママは僕を強く抱きしめ、ろくに看病もしてやれなくてごめんね、欲しいものを買ってあげられなくてごめんね、色んな所に連れていってやれなくてごめんね、ゆうくんのこと片時も忘れたことなかった、ゆうくんにずっと会いたかった。
そんな意味のことをひたすら言い続けて泣いた。
僕も同じように涙を流した。
時計が6時を回ったとき、ボクの体の内側から光の粒子が漏れだし、空に向かってゆっくりと上昇をはじめた。
ボクの体が、消えようとしている。
時間だった。
「ママ、あのね、」
彼女は僕の状況を見て理解したのか、
「いやよ、どこにもいっちゃいや!」
「最後にお願いごと、聞いてくれる?」
「なんでも聞くからどこにも行かないで!」
「ママは、失ったものを取り戻そうとたくさん頑張ってきた。だから、」
「違うわ! これはあなたをないがしろにした罰なの! あなたに恨まれて当然のことをしてきた罰なのよ!」
恨んだことなんて一度もない。
だって、たったひとりの、家族なのだから。
「いやよ! 行かないでゆうと! どこにも行っちゃいやあ!」
転生するまえ、これだけは言おうと決めていた。
「幸せになってね」
息子は抱きしめると同時に、光になって弾けて消えた。
――ママ、ずっと、大好きだよ。
途方に暮れる間もなく、ベンチの上に転がっている、あるものを見つけた。
十姉妹だった。
三年間、自分の息子のようにかわいがってきた十姉妹のピーちゃんであった。
十姉妹は、安らかな顔で、息を引き取っていた。
私は、まだぬくもりの残るその体を抱きしめ、いつまでも泣き続けた。
そして、5年後――
息子の二度の死を引きづりながらも、私は新たな男性と出会い、再婚した。
幸せになってもいいのだろうか、と今でも時々そう思うことはあるが、あの子が残した願いを叶えるのが私の使命であると、そんな気持ちで今を懸命に生きている。
「おぎゃあ、おぎゃあ」
「はいはい、元気な男の子が生まれましたよ。ママにご挨拶しましょうか」
子宝にもようやく恵まれることができた。
その子は、かわいかったあの十姉妹のような、髪の色をしている。
私の不思議な体験 ユメしばい @73689367
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