贈卵話 復活祭のヴィーシャ

 コツン、と音を立てて机にカラフルな卵を置かれて顏を上げると、やや得意気な社長と目が合った。

「見つけられてしまいましたか」

「中々手強かったぞ」

 春分の後の最初の満月の次の日曜日。

 休日当番で出勤していたヴィーシャが仕掛けたちょっとしたイタズラは、どうやら社長を楽しませるという当初目標を達成したようだった。

「中身はご覧になりましたか?」

「いいや? ただのゆで卵じゃないのかね?」

 流石にそこまでは見拔かれなかったことにヴィーシャは笑みをこぼし、色と飾りで綺麗に誤魔化した切れ目からパカリと卵を割ってみせた。

「ふむ」

 中からこぼれ落ちる色とりどりの飴玉キャンディーと、軽さを隠すための鉛の錘。

「これは騙されたな」

 破顏して飴に手を伸ばす社長に、してやったりと喜色のヴィーシャ。

 とある運送会社の平和な日曜日の光景だった。

「しかしイースター・エッグを隠して遊ぶというのは、訓練の成果が応用できそうだな」

「ウチの社員が本気で隠したらお祭りになりませんよ」

「そうか。発見されないといけないのだな、こういうものは」

 なるほど、絶妙な匙加減が必要、というわけか。

 そう思うと、確かに社長室に隠された卵は、隠してあることが分かりながらも、どこに隠されているかは手を動かしてあちこち探さないといけない、なかなか手が込んだ隠し方をされていた。

「他の当直社員向けには、籠に入れてオフィスに置いてあります」

「まあ、それが無難だろうな」

 下手に隠すと大騷ぎになりかねない。やるとしたら社員向けレクリエーションとして場所を確保してやらねばならないだろう。

 何故か地雷探知装備で集合する社員の姿を幻視しつつ、社長はふと思いついた様子で秘書に尋ねた。

「渡したのは社員だけかね?」

親会社カンパニーはお休みだそうですから。あ、でも連合王国の取引先クライアントは今日も連絡してくるということだったので、慰労を兼ねて一つ贈っておきました」

「全く……連合王国の紳士たちは勤勉でかなわないな。休日は休むものだと知らないのだろうか」

 そういえばそのために出社してきたのだった、と社長が渋面を浮かべる。

「ノブレス・オブリージュだそうですからねぇ」

「自分たちだけならそれで良いが、上が休まないと下が休みにくいという事情も考慮すべきだな」

 そういう社長も、ヴィーシャの見る所、かなりの仕事ワーカ中毒ホリックなのだが。

 ジリリリリン!

「はいこちら社長秘書室」

 電話の呼び鈴が鳴った瞬間に受話器を取るヴィーシャを邪魔しないよう、会話を中断された社長が踵を返そうとしたところを呼び止められた。

「社長、連合王国の報告は後日に延期だそうです」

「何だと……仕方ない。折角出社したんだ。少し仕事を片付けることにする」

「……」

 そう言って社長室に消える後ろ姿を見送りながら、そういうところが働き過ぎなのではないかと懸念するヴィーシャだった。


 ◆◇◆◇◆◇


 復活祭の日曜日だと言うのに時差の関係からか営業しているという外務省の外局を訪れると、顏見知りの守衛に行く手を阻まれた。

「申し訳ありませんアンドリューさん。本日の取材予定は急遽中止ということになりまして」

「おや? 何かあったんですか?」

「申し訳ありません」

 物腰こそ丁寧だったが、守衛の腰に普段は携帯しない拳銃が下がっているのを見て取って、異常事態を悟る。

 中止は仕方ないが、ただで引き下がっては敏腕記者の名が廃る。

「サー・ジョンソンは登庁されていますか? 言伝をお願いしたいのですが」

「申し訳ありません」

 肩越しに奥を覗こうと守衛とフェイント・ブロック合戦を暫く繰り広げ、無駄を悟って一旦引き下がった後に裏手に回ってみる。そちらはさらに物々しく軍のナンバーを付けた大型装甲車輛が停まっていて、半開きになったドアから怒号が漏れていた。

「金属反応あり!」

「爆発物の反応はありません!」

「クソ! 独立共和軍の連中か⁉ とんでもない所に仕掛けやがって‼」

 どうやら見舞い先は病院になりそうだな、と記事にもできそうにない有様に、首をすくめてその場を慌てて立ち去った。

 後日、実際に病院に見舞うことになった際、外科ではなく内科病棟だったのは謎だったが。

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ふるさとのヴィーシャ @0guma

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