悪戯話 万聖節のヴィーシャ

 その日、いつも通りに出社したターシャ・ティクレティウスCEOが、受付に飾られたオレンジ色の物体を見て立ち止まった。

「なんだ、これは?」

「は」

 秘書として社長の出社を出迎えていたヴィーシャは、質問をされたのではないかもしれないと思いながらも、律儀に、そして少し誇らしげに返答した。

南瓜燈籠ジャック・オ・ランタンです」

 観賞用の品種ではなく、敢えて食用の品種を用い、目口鼻の穴から手間暇かけて丁寧に内部をり拔いた。これならば社長の厳しい審美眼にも耐えると、自画自賛の逸品であった。

「ふむ」

 南瓜燈籠を前にしばし腕組みをする社長の横顔を窺う限り、不興は買っていない。社長は自ら率先してお祭り騷ぎに興じるような性格ではないが、かと言って部下が楽しむのを禁ずるほど堅物でもない。そもそも社長は人生を楽しむことを知っており、禁欲主義者とは程遠いのだ。

 精々今回も、「羽目を外し過ぎないようにな」くらいの反応だろうと思っていたのだ。

「そうか……万聖節ハロウィンか」

 だから、思いの外深刻そうな声が聞こえて、ヴィーシャは居住まいを正した。

「何か問題がありましたか?」

「あ、いや、燈籠に問題があるわけではない」

 こちらの緊張が伝わったのか、社長はこちらを安心させようと言い訳すると、銀髪をなびかせ歩みを再開しながら説明した。

「万聖節には、怪しい風体の人間が増えるからな。それに、菓子を求めて子供が様の敷地に入り込む。こういう時には事故が起こり易い」

 成る程、とヴィーシャは内心深く得心していた。

「非日常の陥穽ですね」

「ああ、その通りだ」

 打てば響く反応に社長が口元を緩めるのを見て、ヴィーシャは自らを誇る。

 日頃なら警戒されるような格好をした人間が平気で街を闊歩していても、この時季ならば怪しまれない。普段は柵に囲まれて不法侵入を警戒している場所でも、菓子をねだる子供は招き入れる。

 すなわち、仕事の季節だった。

 仮装の下に重武装を隠し、子供の振りをして侵入するのだ。

 お祭り騷ぎは書き入れ時。

 嗚呼、社長は常に正しい。

「社員に通達しておけ。〝誤射に注意〟」

「〝誤射に注意〟、ですね。了解しました」

 この短い指示は信頼の証だ。これを聞けば、社員一同、全く誤解なく自らの為すべきことを成すだろう。

 社長室に入ろうとした社長が、そういえば、とこちらを振り向いた。

「興味本位で聞くのだが、あの南瓜燈籠の中身はどうしたんだ?」

 どこかで聞かれると思っていたヴィーシャは、全く澄ました顏でこう答えた。

「もちろん、有効活用しております。本日の来客の際には、パンプキン・ケーキをお出ししますね」

「来客というと……」

 一瞬浮かびかけた喜色を抑えこみ、社長がスケジュールを確認する。

「連合王国の発注元クライアントか」

「はい。また無理難題でなければ良いのですが」

 どんなに吹っかけても言い値を払ってくれる点では上客なのだが、持ち込んでくる案件の難易度が極めつけに高いのが難点だ。できれば、余りお付き合いをしたくないと社長は常々溢している。

「期待薄だな。まあいい。味音痴の連合王国人に出すのはもったいないが、悪戯されるのも業腹だ。黄色いケーキで歓待して、せめてコーヒーを出して嫌がらせをしてやろう」

「お任せ下さい。悪魔のように黒く、地獄のように熱く、天使のように純粋で、そして恋のように甘い一杯をお出しします」

「……期待している」

 こうして万聖節のザラマンダー・エアー・サービス社の平穏な一日は始まった。


Trick or Treat!!

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