(4)

 少年は、湖の向こうの山間にある村に住んでいる、と言った。

 毎日、朝になるとやってきて、昼になると帰っていく。昼は山羊の乳をしぼってチーズをつくったり、薪割りの手伝いをしたりしなければならなかったからだ。

 そのおかげでドラゴンは、今が朝なのか、昼なのか、夜なのか分かるようになった。


 ある朝、ドラゴンは少年に聞いた。

「僕はにおうかい?」

「ちょっとね。でも、山羊だってにおうさ」

「君にくさいと思われたくないんだ」

「僕は平気だよ」

「でも、久しぶりに水浴びをしたくってね」

「それは良いね」

「そこで、君にお願いしたいことがある」

「いいよ。何でも言って」

「僕の体に生えている花を抜いて、どこか日当たりの良い場所に植えなおしてほしいんだ。花も水に浸かってしまうから」

「お安いご用さ」

 そう言うと、少年はドラゴンの体から生えている花を土ごと掘って、湖の畔の日当たりの良い場所にせっせと植えなおした。

「苔はどうすればいい?」

「苔は……」

 ドラゴンは少し考えてから言った。

「洞窟の隅に植えなおしてあげよう。みんな自分の生きたい場所を持っているんだ。苔はじめじめした場所が好きだからね」

「分かった」

 少年はドラゴンの体から苔をはがして、洞窟の隅のじめじめした場所に植えなおした。

「これでいい?」

「ああ。ありがとう」

 ドラゴンは、のっそりと立ち上がって、洞窟を出た。

 少年は、その体をよじのぼり、背中に乗った。


 ドラゴンはのしのしと歩いた。湖まで来ると、

 ざぶーん

 と水に体を沈めた。

 水底の砂が舞い上がり、その中にある鉱物がきらめく。

 大きな渦ができて、やがてしずまった。

「ああ、良い気持ちだ」

 ドラゴンは、水面から首だけを出して言った。

 裸になって近くを泳いでいた少年が、水にもぐって見てみると、ドラゴンの体を魚たちがつついている。

 体についている虫を食べているのだった。

「僕の背中に乗って」

 とドラゴンが言った。少年はまた体をよじのぼる。

「いいかい。しっかりつかまっているんだよ」

「うん」

 少年が翼の付け根にしっかりつかまったのを確かめると、ドラゴンはゆっくりと湖の深いところへ進み、ゆうゆうと泳ぎだした。

「わぁ、すごいや」

 風が少年の髪を乾かしていく。

「どうやって泳いでいるの?」

「後ろを見てごらん」

 しっぽだった。

 大蛇のようなしっぽを魚の尾のようにくねらせて泳いでいた。


 たっぷりと時間をかけて湖を泳ぎ回ると、ドラゴンは陸に上がり、日向ぼっこをした。

 ぴかぴかになった鱗が太陽を反射して光る。

 体がじんわりと温かい。


 ドラゴンは思い出していた。


 生きている


 ということを。今までも生きていたけれど、死んでいるのと同じだった。

 何百年間も、死んでいるように生きてきたのだった。

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