(5)

「翼があるんだね」

 ある日、少年がドラゴンの大きな翼を持ち上げながら言った。

「ああ」

「飛べるの?」

「飛べない」

「どうして?」

「歳をとりすぎたんだ。千年も生きてきたからね。それにもう、飛び方を忘れてしまった」

「昔は飛べたの?」

「ああ、飛べた」

 ドラゴンは、ずっと昔の、空を飛んでいた頃の話をした。


 海の上で見る朝焼けや夕焼けの美しさ。

 月が冴える夜の静けさ。

 海の向こうに珊瑚礁でできた島があること。

 火山島の上ではいつも雷が轟いていること。

 雲よりも高くそびえる雪山があること。

 高く舞い上がれば舞い上がるほど、世界は丸く見えるということ。


 話しているうちに、自分はまた飛べそうな気がしてくる。

 少年は、目を輝かせながらドラゴンの話に聞き入り、それから、

「僕にも翼があったらいいのに」

 と言った。


 少年は、時々、夜にもやってきた。

「ここで寝てもいい?」

「ああ、いいとも」

 そういうとき、ドラゴンは理由を聞かなかった。何か悲しいことがあったに決まっているから。

 少年がなぜ自分のような怪物と友達になりたがったのかを考えることもあったけれど、その理由も聞かなかった。


 ドラゴンは、大きな翼で少年を包むと、朝まで一緒に眠った。

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