(9)

 ドラゴンは再び吠えた。

 

 ぎぇぇぇえええぁぁぁあああおおおぅぅぅ


 その声は、ボヌム人たちをたじろがせた。伝説のドラゴンは口から炎を吐くと聞かされていたからだ。

 けれど、炎は吐けなかった。そんなことは最初からできない。

 かわりに、ドロリとした血の塊を吐いた。

 熱い。

 痛い。

 苦しい。

 生まれて初めて感じる、激しい苦痛だった。

 それでも、彼はひるまなかった。

 ボヌム人たちを睨みつけ、叫び、前に進み続ける。


 炎を吐くことも飛ぶことも駆けることもできない、ひきこもりのドラゴン。

 彼にできる唯一の戦いは、その恐ろしい姿で威圧し続けることだった。


 叫べ、叫べ。


 ドラゴンは自分を奮い立たせた。命ある限り叫べ。


 前へ、前へ。


 決して倒れてはならなかった。


 ボヌム人たちは、じりじりと押され始めた。

 全身に深傷を負い、体を焼かれながら、それでも気魄を衰えさせず、自分たちに向かってくるドラゴン。

 その姿は、伝説の中にある不死身の怪物そのものだった。

 彼らは、恐怖し始めていた。

 戦ってはならないものと戦っている、という恐怖だった。

 一方で、ドラゴンが村人たちに与えたものがある。


 それは、勇気だった。


 ワーッという喚声が起こる。

 村人たちが、武器を手に、ボヌム人たちを背後から襲い始めたのだ。

 弱き者たちの突然の反撃。戦意を衰えさせていたボヌム人たちは狼狽し、混乱に陥った。

 それでも、戦って負ける相手ではなかったけれど、ボヌム人の司令官は、この戦いの愚かさを悟った。

 小さな村一つを占領するために、これ以上の犠牲は無意味だった。すでに矢も砲弾も尽きかけている。 

「退けーッ」

 という号令の下、ボヌム人たちは撤退を開始した。

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