其の二
彼女と初めて出会ったのは、昨年の秋。雲ひとつない青い空に、もみじが紅く映える日だった。
長野市役所の広報課に所属する俺は、イベントの取材のために善光寺に来ていた。
高校生の書道パフォーマンスやアカペラ、獅子舞の様子をカメラで追って、来場者に話をうかがって、「仕事じゃなければイベントを楽しめたのかな」とか心の隅で思っていたときだった。
数分前に取材に協力してくれた2児のママから、思いもよらぬことを訊ねられたのだ。
うちの上の子を見ませんでしたか、と。
小学生にもならない姉妹の、大人しい姉の方がはぐれてしまったのだそうだ。
特徴のない子だが、ひとりで敷地をうろうろしていたらすぐに見つかりそうなものなのに。
女の子はすぐに見つかった。しかし、何かがおかしい。
すれ違う人達には、女の子の姿が見えていないようなのだ。
女の子は何かに引きずられるように、嫌がりながら逆らおうとしている。
女の子の手を引いていたのは、黒い影だ。
顔や服装が判別できない。見えているのに、脳が認識してくれない。
それでも俺は、黒い影に声をかけて肩の辺りに触れた。
刹那、視界が暗転した。
体にまとわりつく空気が、真冬のような冷気に変わった。
周囲は墨を溶かしたような漆黒で、どこに何があるのかも確かめられない。
そんな闇の中で、何かに腕を引かれる。
多分、あの黒い影だ。
浸食するような勢いで、黒い影は俺を飲み込もうとする。
誰か助けてくれ、と俺は声にならない声で叫んだ。
ひらり、と紅いもみじが舞った。
浸食される感覚が消え、体が軽くなる。
大量のもみじにもみくちゃにされ、それから解放されると、俺はどこかの斜面にいた。
紅く色づいたもみじが舞う中に、ひとりの女性が佇んでいた。
長い黒髪を軽く結った、着物姿の女性。
白魚のような手に握られた日本刀が、もみじに変じてはらはら地に散った。
女性は俺に気づくと、こめかみの少々上を両手で押さえる謎の仕草をした。
このときの女性が、後の“彼女”である。
彼女と親密になるのは、もう少し先だ。
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