第9-1話 エピローグ~森野 秀介の場合~

「しゅ、う、す、け。帰ろ」


 いつも通りの日常。いつも通りの放課後。


 一つだけ、今までと違うのは隣に居るのが幼馴染ではなく彼女だということだ。



「ねぇねぇ、ミルフィーユに寄っても良い?」


 僕の左腕に右手を絡めながら祐希が訊く。


「ミルフィーユに寄るのは良いけど、腕絡めるのは駄目」


 ぶん、と腕を振って祐希の腕をほどく。


「えー。いーじゃん。ケチ」


「……まだこういうのに慣れてないんだから勘弁してよ」


 にやっと笑って祐希が言う。


「じゃあ、慣れたらいいんだ?」


 失敗した。そういう話ではないのだが。


 少し悔しかったので、祐希を置いて走り出す。


「あっ、ちょっと待ってよ」


「待たない」


 自然に顔がほころぶ。真っ赤な太陽が住宅街に沈みかけている。



 カラン、カラン。



 小気味良い音を立てて、ミルフィーユの扉が開く。


 ようやく追いついた祐希も、目の前のスイーツ達に心を躍らせている。


「どれにする?」


「イチゴパフェ!」


 即答だ。僕はチーズケーキを選ぶ。


 注文して、席で厨房ちゅうぼう(スイーツショップでも厨房というのだろうか)の様子を眺めていると、両頬にひやりとしたものが触れた。


「私を見てよ」


 両手で僕の顔を自分の方に向かせて、少し拗ねたように祐希が言う。


「ごめん、ごめん」


 軽く謝ってポンポン、と頭を撫でると、たちまち破顔した。


「お待たせしました」

 


 程無くして、パフェとケーキが運ばれてきた。



「わー、美味しそう!」


 イチゴパフェを前に目を輝かせる彼女を見ていると、本当にスイーツが好きなのだな、と思う。

 


 僕がケーキに手をつけずに自分の事を見ていることに気付いたのだろう。


 祐希がスプーンを持った手を下ろして不思議そうに問うた。


「食べないの?」


「いや、食べるよ。ただ、祐希は本当にスイーツが好きなんだなと思って。あと、美味しそうに食べる姿が可愛くて」


 自分でもこんな言葉がすらすら出てきたことが驚きだった。


 しかし、祐希の驚きはそれを遥かに上回るものだったようで、大きく瞳が見開かれ、たっぷり五秒は静止フリーズした。


 そして真っ白な頬に赤みが差したかと思うと顔が真っ赤になり、「ふにゃっ」といってテーブルに突っ伏してしまった。


 猫か。


「祐希、パフェ溶けるよ」


 パクッとチーズケーキを頬張りながら言う。


 美味しい。そして熱い紅茶が良く合う。コーヒーだとこうはいかない。




「秀介……」


 ようやく復活したのか、祐希が顔を上げる。


 まだ、頬は桃色に染まったまま。


「さっきのは反則。めっちゃキュンってした!」


 照れ隠しのつもりか、いつもより早いスピードでスプーンがパフェと祐希の口を往復する。




 桃色だった頬が元の白に戻ってきた頃、今度は祐希が仕掛けてきた。


「秀介、一口あげる」


 スプーンに一口分のイチゴパフェ。


 祐希は、僕が躊躇ためらうと思ったのか、ニヤニヤと挑発的に笑っている。


「ありがと」

 

 極力平気な顔でスプーンをくわえる。


 それにしても珍しい。彼女は滅多に自分のスイーツを分けてくれない。



「……何か、秀介にすっごい負けた気分」


 少し祐希が可哀相になったので、手元のチーズケーキを切り分け、彼女の口に運ぶ。


 祐希は少し驚きながら、パクリとチーズケーキにかぶりつき、口を動かす。


 そしてにっこり微笑んだ。



 それは、今まで見てきた祐希の、いや全ての人の笑顔の中で、とびっきりのものだった。




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