第5話 謎解き姫はご機嫌ななめ

「馬鹿かお前は」


 僕が唯一心を許している人物───笠原かさはら 蒼羽あおはの第一声はこれだった。


 結局あれから祐希の言った言葉の意味を考えてみたが、理解することが出来なかったので、彼(「あおは」、というと女子の様だが紛れもない男子である)に相談した。


 ……のだが、蒼羽の対応は冷たかった。


 ざっと彼について説明しておくと、成績優秀で交友関係が広く、(若干、というかかなりの毒舌だが)男女問わず彼を慕う者は多い。そしてイケメン。


 要するに僕と対極の人間だ。



「お前、川崎の気持ちに気付いてないのか?」


「祐希の気持ち?」


「ったく、鈍感コンテストがあったらぶっちぎりで一位だな」


「……褒めてないよな」


「あたりまえだ。川崎はなあ……。いや、やめとこ。秀介、好きな子とかいるか?」


「なんだ?いきなり。いないよ」


「正直に言えよ」


「何が目的か知らないが、いないものはいない。僕は恋愛には興味がない」


「それだとやっぱ川崎が可哀相なんだよなぁ」


「どういう意味だ?」


「いや、こっちの話」


「結局、祐希は何で怒ってるんだ?」


「……んー、まあ、俺が川崎と話してみる」


「おお! それは助かる。頼んだぞ」


「……あんま期待すんなよ」


「おう。ありがとう」


「じゃあな」


「ああ。また明日」



 * * *



「もしもし。笠原だけど」


「……何?」


「おー、怖。また派手に塞ぎ込んでんなあ」


「……秀介から、何か聞いた?」


「今日の出来事、一通り。牧野から告られたんだってな」


「……馬鹿秀介。私には何も話さないくせに」


「全くだ。こんなに川崎は秀介のことが好きなのにな」


「うっさい」


「そんな口利いてると秀介から嫌われるぞ。にしても、秀介もアンタも不器用だな。秀介は川崎の気持ちに気付いてないし、川崎は自分の気持ちをストレートの伝えられてない」


「知ってる。だからいろいろ頑張ってるけど、全っ然ダメ」


「あのアホに気付いてもらいたきゃ、それこそ告るくらいはしないと無理だな」


「……笠原って、秀介のこと、好きなの?」


「やめろよ、気色わりぃ。好きか嫌いかって訊かれたら好きなんだろうけど」


「その割にはフツーに『アホ』とか言うじゃん」


「俺が口悪いの知ってるだろ。いつものことだ」


 よせばいいのに、妙なイタズラ心が芽生えた。


「それより、早くしねーと誰かに取られちまうぞ。あいつ、好きな子いるし」


「嘘!誰?」


「信じてるのか信じてないのか分かんねーな。ホントだったら、どうする?嘘だったとしても、逆に秀介を好いてる奴がいるかもしれない」


「……」



 しばらく沈黙があったので、さすがに言いすぎたと反省した。



「あー、川崎……?」


「……笠原、私の家、知ってる?」


「え? ああ。前に秀介に教えてもらった」


「今から来て」


「ヤダ。何で俺がわざわざ川崎の家まで」


「お願い」


 心なしか、川崎の声は震えていた。


「あー、クソ! 明日、購買で安納芋餡パン奢れよ」


「うん。じゃあ、待ってる」



 ツー、ツー、ツー……。



 クソ、何だって俺がコイツらの御膳立てしなきゃなんねーんだよ!



 とは思いつつも、川崎の家へ自転車を走らせる笠原だった。



 * * *



 翌日。



「お前やつれてるなー、蒼羽」


「るせー。誰のせいだ」


「結局、祐希は何て?」


「知るか!」


「何でそんな荒れてんだよ」


 ギロリ、と僕を睨みつけて、蒼羽はフイッとどこかへ行ってしまった。


 そんなにひどいことを言っただろうか?祐希といい、蒼羽といい、最近皆怒りっぽい。


「何なんだよ」



 * * *



「何なんだよ」


 教室を出て、誰にともなく呟いてみる。



 昨日、川崎の家に行くと、玄関に入るなり泣き付かれた。


「何で、何で気づいてくれないの!」


「そんなこと、俺が知るか」と言ってやりたかったが、何故だか言えなかった。


 何も言えずにただ、川崎の嗚咽おえつと、悲鳴を聞いていた。

 

 そっと手を伸ばして抱き寄せると、なおも泣いた。


 頭を撫でてやった時には大分泣き声は小さくなっていた。


 川崎の髪は、細くて、サラサラしていた。


「……ごめん。無性に泣いて、誰かに慰めてもらいたくなった」


 十分ほど泣き続け、目や鼻を赤くして川崎がようやく泣きやんだ。


「いや、いんじゃね?泣きたい時は、思いっきり泣いて」


「ありがと。多分笠原くらいだよ、そうやって受け止めてくれるの」


「秀介じゃなくて、悪かったな」


「ううん。むしろこんな姿、秀介には見られたくない。だから、笠原が来てくれて、良かった」


 俺が来て、良かった?


「しっかり泣けて、満足?ひどい顔だけど」


 違う。そんなことを言いたいんじゃない。あれ? 何が違うんだ? 俺は何が言いたいんだ?


「……優しい、って一瞬でも思った私がバカだった。やっぱ毒舌だなー、笠原は」


 優しい?俺が?でも紛れもなく俺に向けられた言葉だ。


「秀介以外の男に抱き寄せられたり、頭撫でられたりしたのって、どんな気分?」


「うーわ、性格悪。あのねぇ、不思議と嫌じゃなかった」


 それは俺だったから、というのは自惚うぬぼれ過ぎだろうか。



 ……馬鹿みてぇだ、俺。さっきから川崎の些細ささいな一言に動揺してる。


「んじゃ、そろそろ俺帰るわ。明日、安納芋餡パンな」


「ん、分かってる。ちゃんと買っとくよ。今日はありがとね」


「じゃあな」


「じゃあね」


 バタン、と川崎家の扉が閉まる。


 そこからどう帰ったかはよく覚えてない。



 気付いたら部屋のベッドに倒れ込んでいた。


「ホント、馬鹿みてぇ」



 * * *



「蒼羽、飯食いに行こう」


「……分かった」


「って言いつつどこ行ってるんだよ」


「川崎んとこ。安納芋餡パン奢ってもらう約束でな」


「何それ」


「先行ってていーぞ」


「んじゃ、いつもの中庭で待っとく」



 つくづく能天気な奴。さて、川崎も誘ってやるか。どーせ他の女子からハブられてるだろうし。



「川崎」


「あ、笠原。はい、約束通り、安納芋餡パン。フツーに買えたけど、そんな美味しいの?」


「ああ。絶品だ。今から秀介と中庭で飯食うんだけど、一緒に食うか?」


「……気まずいんだけど」


「昨日泣き顔を見られた俺は気まずくない、と?」


「あれ、ほんとだ。何でだろ」


「どーする?行くか、行かないか」


「……行く」


 少し照れ気味に川崎が答える。なるほど、可愛い。


 クラスの男子が騒ぐのもわかる気がする。

 ただ、川崎ってこんなに可愛かったか?




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