第7話 謎解き姫はお休み中

 ……やっと、やっと言えた。秀介に、好きって伝えられた。

 でも、嬉しいのか悲しいのか分からない。


 視界が次第にぼやけていく。

 

 さっき予鈴が鳴ったから、教室に戻らなきゃ。分かっているのに、足は言うことを聞かない。


 これから、どうしよう。図書室で本でも読んでいようかな。



「川崎!」



 一瞬、秀介かと思った。でも、追いかけてきたのは、笠原だった。


「……笠原」


中田ナカ先生ティーに、川崎は気分が悪いから保健室行った、って伝えてきた。俺も10分だけ貰った」


 中田先生は古典の先生だ。定年間近の、のんびりしたおじいさん、といった雰囲気。5時間目が古典で良かった。中田先生ならすぐに許してくれたことだろう。笠原も10分貰っているのがその証拠だ。


「どこ行くつもりだったんだよ」


「……図書室」


「せめて誰かに連絡して行けよな」


「……だって。言う人いないし。皆に嫌われてるから」


 少し自嘲的に言うと、笠原の端整な顔が歪められた。


「……ごめん。とりあえず保健室で休んで、それから教室戻ってこいよ」


「ありがと」


 二人並んで廊下を歩く。


 秀介は今頃どうしてるかな。ちゃんと返事は返ってくるのかな。いろんなことが頭の中を渦巻く。



「ここまでいいか?」


「え?」


 突然声を掛けられた。顔を上げると何時の間にか保健室の前。


「大丈夫か?ボーッとしてるけど」


「うん。ごめん。ちょっと考え事」


「そうか。じゃ、俺は授業に戻るから」


「ありがとね、笠原」


 私に背を向けて、片手を上げて応じる笠原。昨日から、笠原には迷惑かけてばっかりだ。強くならなきゃ。



 コンコン。



「失礼します」


「あら、一年生?どうしたの?」


 優しく迎えてくれたのは西沢先生だ。肩より少し上くらいに髪を切り揃えていて、小柄なので、小動物感があってかわいい。


「少し、気分が悪くて。休ませて貰っても良いですか?」


「どうぞ。私はここに居るから、何かあったら声を掛けてね」


 ふわっと笑い掛けられる。「ここにどうぞ」といわれてベッドに横になると、なんだか急にまた涙が溢れてきた。


 幸いにも西沢先生はすぐにカーテンを閉めて行ってくれたので、涙を見られることはなかった。



「何で、秀介を好きになったんだろう」


 別に、凄くイケメンな訳じゃない。普通の顔だ。こう言ったら失礼かもしれないけど。


 特別スポーツができる訳でも、勉強ができる訳でもない。


 しいて言えば、茶道をしている姿がかっこいい、とは思うけど。でもそれは他の人に対しても抱く感情。多分、「茶道」がかっこいいだけだ。

 小学校、中学校、そして高校と思い返してみて、はたと気付いた。



「誰に対しても同じ接し方だ」


 自分で言うことじゃないかもしれないけど、私は可愛い方だと思う。

 ……自分で言うことじゃないかもしれないけど。


 だから、秀介や笠原を除く男子は、私に「可愛いから」近づこうとした。

 ……私の憶測だけど。


 でも秀介は、私が男子から好かれていようと、女子に嫌われていようと、私の対人関係がどうであった時でも、ずっと同じ態度だった。


 彼は、秀介は、初めて私を一切の偏見無しに見てくれた人だったのかもしれない。


 私は、内面も含めて「川崎祐希」という人間を認めて欲しかったんだ。

 

 でも。


 私は秀介の「公平な接し方」を好きになったのなら、裏を返せばわたしは秀介にとって「他者」でしかない。


 それ以上でも、それ以下でもない。

 


 何てことだ。私は、気付いてしまった。


 誰も、秀介の隣には居られない。彼はそれを拒んでいるから。

 

 そう思った時、静かに流れていた涙の川は急流に変わり、白い天井は淡くにじんだ。



 そして、そのまま私は暗闇に墜ちていった。




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