第4話 謎解き姫が謎を解く!

 次の日、僕は祐希に訊いてみた。


「昨日の万年筆、どこだろうね」


 珍しく祐希は髪を三つ編みにして横に流していた。ホント何でも似合うな。


「え?ああ。あの事件ならもう解けてるよ」


 その返答はまるで夏場にほったらかしにしてたアイスが溶けていた、とでもいうような非常に軽いもので、思わず僕は「ふうん」と返してしまった。



 そして約三秒後にその答えの真意に気付き、絶句した。

 


 祐希はにこにことひと好きのする笑顔で、


「いやぁ、教えようと思ったんだけど、糖分足りなくて。あと、忘れてた」


 と澄ましている。毎回の事ながら、彼女の性格には呆れてしまう。


「で? 犯人は? 万年筆はどこ?」


「放課後、ちゃんと説明してあげるから焦んないの。そんなんだから彼女できないんだよ。短気な男はモテないっていうし。あ、塩田刑事には伝えてるから大丈夫。今日中には万年筆、見つかるよ」


 悪かったな、年齢=イコール彼女いない歴で。あと、僕はそんなに短気ではない。

 

 それにしても、こんなときだけ時間が流れるのが長いのはなぜだろう。いつもと同じはずの授業が倍くらいに感じられる。



* * *



 永遠に続くのではないかと思われた授業を終え、真っ白に燃え尽きた僕とは反対に、祐希はいつも通り、いや、いつも以上にうきうきしていた。


 はたしてこの世界に何人背後に「うきうき」と描かれた人間が存在するだろう。



「……どうしたの。やけに嬉しそうだけど」


 うきうきが全身からこぼれているのが鬱陶うっとうしかったので尋ねてやると、


「いやぁ、実はねぇ、告白されたの!誰か知りたい?知りたいでしょ?教えてあげる。同じクラスの牧野まきの君だよ。好きな人がいるので付き合えません、って断ったけどね」


 と別に訊いてもいないことを教えてくれた。牧野の失恋に合掌。フラれた相手が悪かったな。


 祐希には天真爛漫という言葉を贈ろう。あと、彼女は恐らく「無邪気」なことの性質たちの悪さを知らない。


「一つ言わせてもらうと、そういうことは人に簡単に言うべきことじゃないぞ」


 正直なところ、僕はこの報告に飽きていた。


 僕と祐希は何の因果か(もしかしなくても腐れ縁だろう)、小学校からの付き合いで、これまでにも散々この報告会(?)が実施されている。


「で、万年筆はどうなったの?」


「……他に言うことないの?」


「ない。しいて言えば祐希がその『好きな人』と付き合ってくれればこの不毛な報告会はなくなると思う」


 むうっと膨れて、祐希はボソッとつぶやく。


「秀介のバカ」


「そんなバカのために、早く謎を解いてよ」


「……しょーがない。秀介のためだ。謎を解いてあげましょう」


 一応謎解きはしてくれるようだ。恩着せがましいが。


「まず、野口さんはシロって言いたいとこだけど、ちょっと証拠が足りないから、グレーにしとくね。まぁ、野口さんはもちろんだけど、富田さん以外の足跡が残ってなかった、っていう時点でクロじゃないよね。で、この事件でポイントなのが『足跡がなかった』ってところ。塩田刑事が言ったの憶えてない?『空でも飛べない限り』って」


 確かにそんなことを言っていた。が、あれはジョークだ。


「人間が飛べる訳ないだろう」


「まだまだだね、ワトソン君」


 祐希がいたずらっぽい目で顔を覗き込んでくる。


「僕はワトソンじゃない。っていうか、ワトソンって誰?」


 祐希のまなざしが驚きとあわれみを含んだものに変わる。


「世界的に有名な名探偵の助手だよ。知らないの? そんなんだから学年120位をキープしてるんだよ」


 僕達の学年は240人だから僕はちょうど真ん中。ちなみに彼女は入学以来、不動の学年トップだ。


「悪かったね」


「分からない? 私は別に人間が犯人だとは一言も言ってないよね」


 その言葉でパッと昨日見たカラスの群れが脳裏に浮かぶ。



「……カラスか」


「ピンポーン!ミルフィーユでケーキをついばんで野口さんに追い払われたカラスはくちばしにクリームをつけたまま、富田さんの机の上にあった万年筆を持っていったの。だからクリームが原稿用紙に残ってたんだね。カラスはキラキラしたものが好きだから、日光を反射してた万年筆に反応したんだと思う。きっと今頃塩田刑事達が黒羽之森のカラスの巣を探しまわってるよ。以上、『富田家の消えた万年筆の謎』でした!」


 最後は茶目っ気たっぷりに締めくくって祐希の謎解きが終わった。



 ピロン、と携帯の着信音が鳴った。僕は校内では電源を切っているから祐希のものだ。恐らく彼女は終礼が済んだ瞬間にマナーモードを解除するタイプの人間だ。


 一応校則で携帯は電源を切って持ち込むことが決められているが、これを守っている生徒は全体の10パーセントにも満たないのではないだろうか、と僕はひそかに推測している。


「塩田刑事だ!えーっと、あ、万年筆無事に見つかりました、って」


「さすが塩田刑事。仕事が早いね」


「……そんだけ?」


「え?ああ、日本の警察は優秀だね」


「……秀介さあ、もうちょっと乙女心勉強したがいいよ」


「は?」


 いきなり何だ?乙女心って……。


 言いたいことだけ言うと、さっきの上機嫌さとは打って変わって不機嫌全開で鞄を掴むと、教室を出て行ってしまった。



 えっと……僕は何か悪いことをしてしまったのだろうか。



 茜色に染まった教室がやけに広く感じられた。





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