第6話 カクテルで乾杯を
笹野の社への気持ちが思慕に当たるのであれば、私の寺本への気持ちは何に相当するのだろうか。
サークルの送別会や卒業式で寺本と会い、私はふと考えた。
たまに寺本の顔を見ると、どうしようもなく切ない気分になるのだ。まだ、心は寺本のことが気になっているのだろうか。
恋愛に消極的だった私は、好きな人ができたときに告白する勇気がなかった。ただ、恋心が冷めるまでひたすら耐えていた。自分が好きになる人は数ヶ月後に彼女ができることが多かったため、諦めが付いたのだ。
今回のときめきは往生際が悪い。「友人の一人」という関係を維持したいのだが、本人と会って気持ちを伝えたいと願う自分がいる。
もう会うまいと考えていたが、卒業パーティーの後に二人でバーに寄ることになった。私が誘ったのではない。寺本が最後に一緒に飲まないかと言ったのだ。
「乾杯」
寺本の声に合わせ、私はぎこちなくグラスを近付けた。
マティーニを飲みながら、ぽつりぽつりと思い出を振り返った。次第に、私の緊張はほぐれていく。
「最初に会ったときから、きみは周りのことをよく見ている人だと思ったんだ。名前を覚えるのが一番早かったし、髪型や文房具を変えたこととかすぐに気付いてた」
「うん」
今日の寺本は饒舌である。
「髪と髭の手入れが面倒だからおざなりにしていたんだけど、そのせいで女子から話し掛けられることが減ってね。僕に話し掛けてくれるのはきみだけだった。だからかな? きみと話すのは凄く楽しかったよ」
「そうなの」
「さっきから返事が棒読みだね……って、河井さん。大丈夫?」
「ん……」
バーに着く前に、私は酔っていたのかもしれない。寺本の声が遠くで聞こえるような気がする。私は心に秘めた想いを口に出していた。
「ねぇ。寺本には、付き合っている人はいないの?」
寺本は驚いているようだった。何か言い掛けた口は、すぐに固く結ばれた。
「ごめん。こんなこと言って」
私はシンデレラを注文した。ノンアルコールカクテルなら、変なことを口走ることがないだろう。どさくさに紛れて頬のほてりを鎮めた。
寺本も店員に飲み物を頼んでいた。
「お酒、何にしたの?」
「アプリコットフィズ」
酒に込められた思いに、私はどきりとした。私の記憶では確か――
「あれ、男が言う台詞だったっけ? ごめん、今のは忘れて」
私が照れる前に、寺本が焦りの表情を浮かべていた。
「ほんとに、私に向けて言っていたの?」
「当たり前じゃん」
俗っぽい返答だ。ロマンチックのかけらもない。だが、それでいいのだ。今日は満月が美しい。月明かりが私達の道を照らすはずだ。
私は寺本の横顔を見ながらふっと微笑んだ。
愛とはよく分からないものだ。最初の印象が悪くても、時間をともに過ごすことで見えてくるものがある。
のちに寺本は私の不器用な言葉に振り返ってくれた、ただ一人の愛すべき
アプリコットフィズ 羽間慧 @hazamakei
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