第4話 伝えられない思い

 副部長から渡された作品を、私は帰宅した後で読んでいた。ペンネームで描かれているため、誰が描いたのかは分からない。


 三つの作品のうち、ずば抜けて完成度の高いものがあった。作品のあらすじは、次に述べるものだ。


 星が綺麗に輝くのは、天空を守る番人リノが毎日欠かさず手入れしているからだ。番人は星に粉を掛けていたが、あるとき粉の入った壺を地上に落としてしまう。粉がなくなれば壺が生み出していたが、その壺がなければ星の光が三日以内に失われる。番人は壺の破片を探すために、怪物や妖精が住む森を訪れる。


 初めて読んだとき、ファンタジーの王道だと感じた。しかも、読み進めれば二日目にドラゴンが出てくるのだ。


 リノは洞窟に入ったとき、中のあまりの暗さに驚いた。やがて目が慣れてくると、奥にドラゴンが眠っていることが分かった。

 ドラゴンの鱗の美しさと言ったら、ありとあらゆる宝石の価値がかすんでしまうほどだった。サファイアのような深海の青さは、まるで生きているかのように輝きを放っていた。


 ドラゴンのくどすぎない描写に、私は心惹かれていた。もしも映像にしたら、どれほど美しいのだろうか。


 この描写の後で、リノの足音に目覚めたドラゴンは鱗を狙う泥棒と勘違いをする。壺を探しているだけと必死に話すリノに、ドラゴンはある提案を持ちかける。それは、壺を探す手伝いをする代わりに、自分の星座を作ることだった。リノは約束し、無事に壺を元に戻した。


 読み終わった後、私は作品の出来映えに感心していた。誤字脱字どころか、修正するべき点がない。小説よりも童話に近いかもしれないが、中々いい作品だった。


 今度、寺本にペンネームを聞いて作品を読んでみよう。今日、読んだ小説は書き慣れた後輩のものだろうから。




 就活の関係で、私は製本作業に参加することができなかった。完成した部誌を手に入れることができたのは、大学祭の前日だった。


「河井先輩の描いた表紙、今回も素敵ですね」


 模擬店のカフェを飾り付けていたとき、副部長が声を掛けた。


「そうかな? 読書する少女の絵なんて、ありきたりかなって思ったけど」

「これ、先輩の分です。あと、寺本先輩にも渡しておいてくれませんか?」


 二年生の一人が私に部誌を渡した。


「寺本くんに?」


 話を聞くと、寺本は学科のブースの手伝いに行っているようだ。私は切りのいいところで手伝いを終えると、ブースを覗くことにした。


 ちょうど手伝いの時間が終わったようで、寺本だけが教室にいた。


 久しぶりに寺本の姿を見て、私の心は揺らいだ。今までは髪と髭が野暮ったく見せていたが、短く切られていることで爽やかな印象になっていた。


 寺本には申し訳ないが、初めて格好いいと思えた。

 私が近付くと、寺本は意外そうな表情を浮かべた。


「サークルの方は終わったの?」

「三年生に任せてきたわ。部誌、寺本くんの分ももらってきたけど」


 寺本は、ありがとうと感謝の言葉を口にした。


「河井さんは全部読んだ?」

「まだよ。下読みで三つ読んだけど」


 一つは凄くいい作品だったと言うと、寺本は興味深そうに尋ねた。


「それ、どの作品?」

「『星ができるまで』っていう、空の番人の話よ。ラストの文章が綺麗でね、私が今まで読んだ中で上位に入る作品かも」 


 私の言葉に、寺本はにやりと笑った。


「笹野さんの『アプリコットフィズ』を超えた?」

「超え……ちょっと待って」


 私は目次を開いた。ペンネームは「小野寺もと」となっている。


「いいネーミングセンスだろ?」


 勝ち誇ったような笑みを浮かべる寺本を見て、私は素直に作品の良さを認めた。


「これだけのいい作品を書けるあなたが、笹野さんの作品を厳しめに批判できることは当然ね」


 寺本は満足そうに微笑むと、じゃあなと言って去っていった。


「全部、思ったことを言わなくて良かった」


 私はぽつりと呟いた。


 寺本の作品のラスト。あの数行に満たない段落に、私は惚れてしまったのだ。作者の文学的才能に。


 リノは壺を取り戻した後、一緒に探してくれたドラゴンのために美しい「りゅう座」を作っていた。壮大なラストとタイトルの意味が結びつけられ、思わず胸が熱くなった。作者が分かったことで、寺本に対する意識が変わった。


「本気出せば、あんないい作品ができるんだ」


 寺本の笑顔が、ふとした仕草が脳裏から離れない。


 何、好きになっているの。

 私は人知れず頬を赤く染めた。

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